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国際機関(女性) 2019-09-20
フランスにある国際機関で働きはじめてから3年がたちました。新卒で日本企業に就職してから10年間、日本で経験したOJTと比較して、海外でのOJTについて書いてみたいと思います。(2)は、こちら。
国際機関に勤めはじめてから、OJTという言葉を耳にすることは一度もありませんでした。採用と昇進の体系が日本企業とは異なるためでしょう。日本では(今のところ)一般的な、就職してから年次を追って昇進・昇格し、ゆくゆくはリーダーになって若手を指導する、というモデルはありません。小幅な昇給は俸給表に基づき毎年ありますが、昇進・昇格のためには、空きポストに応募して選抜・採用されなければなりません。空きポストは一般に公開され誰でも応募できるため、外部の候補者と競い合う必要がありますし、自分の専門にマッチするポストがタイミングよく空くかどうかは運次第となります。そうなると、年齢が上であるほど高いポストについているとは限りません。若い頃についた係員のポストのまま、定年まで過ごすことも可能です。一方、若くして管理職のポストを射止め、自分より年上のメンバーを統率するリーダーも現れます。また、昇進・昇給のためには応募を繰り返す必要があるため、向上心のある人ほど新しいポストに応募していきます。そうなると、いずれ転職していくわけですから、職場で若手を「育てる」という必要性は薄まります。研修(Off-JT)や出張など、自主的に「学ぶ」機会は人事課から与えられますが、日本のOJTリーダー制度のように、働く中で若手に仕事を理解させる・成長させるという仕組みは確立されていません。
それでも、新しく採用された人は職場の「新人」ではないかと思われるかもしれませんが、これも少し感覚が異なります。空きポストの公募にあたっては、応募要件の一部に「職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」と呼ばれる職務内容のリストが含まれています。採用されるにあたっては、この記述書の内容を自力で遂行できることが前提です。例えば、あるアプリケーションの使用が記述書に記載されていた場合、そのアプリケーションの操作をマスターしているのは当然であって、勤務を開始してから誰かに教えてもらうことは想定していません。つまり「教えなくても職務記述書に書かれた仕事ができる人」を採用しているのであり、採用された側も、「自分がいかに職務記述書を完璧にこなせるか」をアピールします。もし誰かに仕事を教わるのを見られたら、上司から職務をこなす能力がないと見なされ、契約更新の際に打ち切られてしまうかもしれません。このように、採用する側も、される側も、OJTを前提としない人事制度になっているのです。
それでは、職場で何も教わる必要がないか?というと、そんなことはありません。面接の際には「職務記述書を余裕でこなせる!」と堂々とアピールしていた私が、誰よりも教わることを必要としていました。専門分野についての知識はありましたが、初めての海外勤務で、会計ソフトの操作や業務ルールがわからないのはもちろん、英語・フランス語の電話やメールのビジネスマナーもおぼつかず、とても一人前の社会人とは呼べないような悲惨な状況でした。
しかし、ここで指をくわえて見ているわけにはいきません。職務記述書に「新人の教育・育成」が書き込まれているメンバーは職場に誰もいませんから、とにかく自分から食らいついて、相手の時間と労力を奪いながら、知識とスキルを吸収していくしかありません。こうなると、OJTというのは、教わることというより、「押(O)しかけて、自(J)分から、尋(T)ねる=OJT」でした。
自分のわからないこと一つひとつに答えを求めて、局をまたいで20人ほどの違った職員に頼りながら仕事をしていました。みんな快く対応してくれましたが、本来であれば嫌なことだっただろうなと思います。先ほど触れたように、職務記述書に基づいて業務を割り当てられているため、質問される側からすれば「やる必要のないことに時間をとられる」ことになります。さらに、相手のスキルが上がってしまうと、いずれ自分のポストを奪われる可能性が出てくるので、「できるだけ情報を出したくない、自分だけが仕事を独占し属人化しているほうが都合がいい」という事情もあります。そのため、職場でマニュアルをつくることも普通はありません。
押しかけた中でいちばん心に残っているのは、著作権・知的財産を担当していた、オディールというフランス人女性です。いつも部屋を真っ暗にして、手元のランプだけで仕事をしている、魔女のような50代の女性でした。こちらの申請が何度も却下される一方、なぜその書類に不備があるのか説明してもらえずに、プロジェクトが前に進めなくなっていました。何度も追い払われ、居留守を使われながらも、ドアを叩き続けました。ついに対面した彼女からは、
「私はあなたのような人に、繰り返し、繰り返し、説明してきたのよ!制度を説明するのは私の仕事じゃない。あなたもすぐいなくなるんでしょう。もう二度と説明しなくていいように、あなたがちゃんと職場で共有して!」
そう言って、しっかり時間を取って解説してくれました。私の職務記述書にも、制度の説明は入っていないし、どちらかといえば私よりオディールのほうに説明の責任があるような気がしましたが、彼女の職務に指導が含まれていないことは確かであり、入れ替わりの多い国際機関で繰り返しの説明にうんざりしていることも理解できました。長引く説明でおなかがグーッとなると、暗がりの引き出しからあやしげなマドレーヌを出してくれるなど、やさしい一面を見ることもできました。
教わることは、相手の時間と労力を奪うことではありますが、教わった側が業務に還元することができれば、結果的には相手も含めた職場全体のために有益であるはずです。文化も制度も日本と違いますが、真摯であること、感謝すること、そしてちょっとしたユーモアを押さえておけば、海外の職場であっても、教わることはそう難しいことではないかもしれません。
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