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ナビゲート[の] 2004-03-11
前々職のとき上司だったMさんが、最近定年退職したことを耳にしました。
もう10数年前のこと、Mさんは当時、編集の方面では相当なベテランでした。しかし、自分は管理者には向かないからと、ずっと管理職につくことを辞退し続けていました。なんでも、かつて部下を持ったときにうまくいかず、以来自信をなくしていたようです。
そんな彼が上司から諭されて、もう一度1人だけ部下を持つことになりました。その部下というのが私です。
Mさんは実直な編集者でした。でも決して頑固ではなく、人の話もよくきいてくれるし、比較的自由にもやらせてくれました。そして幅広い知識と教養を持ち、物腰はスマートでした。こう書いてみるとなんと素晴らしい上司でしょう。実際、人間的には大好きでした。
でも当時の私には何か物足りなかったのです。
その頃は、古いモノを壊して新しいモノを創っていく、そんなことに意味があるように思っていました。そしていつも成果を急いでいました。
そんな私には、Mさんの仕事の仕方は保守的でまどろこしく、ときには退屈にすら感じたのです。
たびたびこんなやりとりもありました。
外部の専門家に原稿を書いてもらいそれを教材にするという仕事をしていたのですが、当時の私は、元原稿が跡形もなくなるほどに手を入れることが多かったのです。
これはMさんにはかなり大胆(というか罰当たり)なことに映ったようでした。
「こういうことは僕にはできないなぁ。人さまの原稿というのはその人そのものなんだよ。僕にとって原稿というのは、こうして頭上に掲げ持つべき存在なんだよね」そう言って、両手を頭上に掲げるしぐさをしました。「それをあなたはいつも一刀両断にたたっ切る。......どうかと思うなぁ」
「でもMさん、元原稿の内容じゃ全然ダメだったじゃないですか。良いものをつくることを優先すべきじゃないですか? というか、そもそも今のやり方では無理があるんじゃないですか?」
二回り以上も年上の上司に対してこの口のきき方です。なんという"跳ねっ返り"でしょう。今思えば、こんな私を受け入れてくれたMさんの度量に頭が下がります。
当時、編集の基礎も全くできていない私が「良いものを」なんて言ったって、しょせん素人の独り善がりにすぎません。人の原稿をいじるには10年早い、Mさんはそういう気持ちだったんじゃないでしょうか。
Mさんは私に基礎の基礎を教えてくれようとしました。が、すでに中堅にさしかかっていた私には、それらはあまりに退屈で、大事な仕事ではないような感じがしたのです。
私はいつかMさんのやり方に反発し、もっと刺激的で"大事"に思える職種を希望し、ほどなくそれは叶いました。
Mさんはまた部下を失いました。結局私は、Mさんからほとんど何も吸収せずに終わりました。
やがて私はその組織を退職し、フリーで2年ほど活動した後、知人と起業しました。看板も何もなく仕事を取ってこなくてはならない、それがどういうことか、退職して初めて知りました。組織の中で、ちょっとはできる気になっていた私が初めて世間の風にあたったのです。当初つくづく思ったことは、「基本」の大切さでした。でもそれを教えてくれる人はもういませんでした。
それから私は、広告代理店、印刷所、出版社、デザイナーなどなど、関わりのあった人たちを捕まえては、編集制作のイロハを教わったのです。なんて遠回りなことをしたのでしょう。
かつて誰かがこんなことを言っていました。「人間ってのは、自分が選ばなかった道を、いつかは生き直さなくてはいけないものだ」と。まさにその通りになりました。私はかつて軽んじ拒絶してきたそれを学び直さねばならなくなったのです。
私がしたいことはこんなことじゃない、あの頃は根拠もなくそんなふうに考えていました。
でも、そのとき私にとってやるべき道が、ちゃんと足下に準備されていたのです。それを見ようともしませんでした。
「その人の原稿はその人そのものである」このMさんの言葉も、今になってようやく実感できることです。
噂によれば、Mさんはその後二度と部下をもたず、孤立して仕事をしていたとききます。
Mさんの退職により、その貴重なノウハウは結局誰にも引き継がれることはなく消え去りました。その原因をつくってしまった私が、その損失の大きさを痛感しているとは皮肉なことです。本当におろかでした。
Mさん、長い間お疲れさまでした。
あなたの扱いづらい部下は今、ときどきあなたの言葉を思い出して地道にがんばっています。相変わらず"跳ねっ返り"ではありますけど。
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