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中堅製造業 管理職 2002-06-10
10数年前の話である。
当時、私はとある店舗に出向していた。従業員約30〜40名、うち社員は3人(他はパート・アルバイト)、営業時間は8:00〜22:00(年中無休)だった。
従業員をパート・アルバイトで固めるのは、営業時間が長く、かつ仕事量(混雑の程度)が時間単位で変化するような業種の店舗においてよく見られ、人件費を調整しやすいメリットがある。
一方で、こうした人たちは突発的な事態への対応は期待できず、問題が起きても責任が取れない。またいわゆるドタキャンが多い。この場合は社員が穴埋めをすることになるが、こうしたことから、社員の労働環境としては
・どんな時間帯も社員が少なくとも1人は必ず店にいなければいけない
・勤務時間はえてして長時間にわたる
・風邪をひいた程度の理由で休むことはできない
といった問題点がある。
この店の場合は、営業時間が14時間、前準備・後片づけを含めると約16時間だから、1日社員が最低2人は必要だ。店長が会議で月に2回ほど本社へ出かけ、店内ミーティングを月1度実施し、社員1人週に2日の休みを保証するとなると、シフト上は全く余裕がないことになる。
これに加えて、外回りや店の飾り付けの変更といった業務もあるため、ぜいたくは言えないとはいうものの、本来は4人いてもおかしくはない。
そんな中、事情により店長が退職することになった。ただし、「人の補充はできないため、今後は現有勢力でなんとかすべし」というのが本社側の方針だという。そして、次の店長として私が指名された。
店長の重責もさることながら、ただでさえ大変なところへ、社員が3人から2人に減るのでは、オペレーションを相当に変えていかないと店を維持することができなくなる。これは早急に手を打つ必要があると考えた私は、今後の店の運営計画をあれこれ考え、これなら何とかやっていけそうだという線をはじき出し、本社社長に時間を取ってもらって内容を承認してもらうべくその計画書を差し出した。
ところが、計画書を一読した社長は、「話にならんな」と言って、なんとゴミ箱に投げ捨てたのである。ゆうべほとんど徹夜で書いた計画書を、だ。
「こんなことで店がやっていかれると、本当に思っているのか」
「......どこが問題なのか、指摘していただけませんか」
「そんなこともわからないようじゃ、お前に店長は任せられんぞ」
そんなことを言っている暇はないんだ、現店長が辞めるまで日は限られており、もう動き出さないと大変なことになるんだ......と心の中でつぶやきつつも、やっと「わかりました、明日までに考え直してきます」と答えて席を立った。
それから店に行ってシフトイン。午後からなのでラストまで。従って帰宅は0時近くなる。それから計画書の練り直しだ。昼間、もう1人の社員と顔を合わせた際に彼の意見も聞いてはみたが、社長が何を怒っているのかも、どう改善したらいいかもよくはわからない。それでも、あれこれ考えているうちにいくつか問題点が浮かび上がってきた。また、これまで考えていたよりもっと効率の良い方法もいくつか思いついた。
なるほど、これではダメと言われてもしかたない。だが今度は社長も納得するだろう、というものを朝までかかって書き上げ、少しだけ寝てから、意気揚々と本社へ向かった。
しかし、今度も社長は怖い顔を崩さず、「一晩かかってこの程度か」とつぶやいたのだ。
「ダメでしょうか」
「自分はいいと思っているのか」
「............」
「やり直しだな」
すごすごと引き下がらざるを得なかった。とはいえ、納得がいかない。そこで他の部屋を回って顔見知りの先輩をつかまえ、相談に乗ってもらった。その人は「事情を知らないから役に立つかどうかわからないが」と言いつつも気のついたところをいくつか述べてくれ、その中には重要な指摘も含まれていた。
店へ戻ってから、時間を作って近所の商店街で懇意にしている店の店長に、店長になるにあたっての心構えなどを相談にいった。さすがに経験者で、いろいろと具体的なアドバイスもしてもらった。なるほど、こうした点が足りなかったと社長は見抜いていたのだろう。よし、明日こそはと、その夜、眠い目をこすって、3たび計画書を書き直した。
結論をいうと、翌日、またもその計画書は却下された。一体何がいけないんだろう。さすがにその日は心身ともにフラフラだったため、翌日の本社詣では中止し、1日置くことにした。さらに次の日も店のスタッフと相談し、考え続けたが、これ以上改善できることはないように思われた。
その翌日。
「これは、おととい持ってきたものと同じ内容です」と言って計画書を手渡す。
「社長は、おとといはダメだとおっしゃいました。でも、聞ける人にはすべて相談して、考えられることはすべて考えましたが、これ以上のものはないと思います。ですから......」
「わかった、これで進めてくれ」と社長は初めて笑った。
「実を言うと、これまでも計画書の中身はろくに読んでいないんだ。読んだところで、現場のことはオレにはわからんからな。お前の方がよほどわかっているだろう。しかし、オレがダメだと言ったらお前は引っ込めた。ということは、まだ考える余地があったのに、考えていなかったということだ。それじゃダメだ。今回は、これ以上は考えられないと言ってはじめてオレに言い返してきた。だからオレはOKを出したんだ」
「いいか、これから店長としてやっていくと、こんなはずじゃなかった、ということが毎日起きる。そうした時にすぐ動揺するようでは店長は務まらん。考える時は徹底的に考える。そしていったん決めたら、誰が何と言おうと貫き通す。その信念がなければ人を動かすことはできない。オレがアドバイスしてやれるのはそれだけだ。じゃあ頑張れ」
現在の私が、もし多少なりとも仕事の上で他人様から信頼されているとするなら、それはこの時の数日間があったからだと、今でも思っている。それほどのかけがえのない財産を、いつの日か、私も誰かに伝えたいと思う。残念ながらまだ誰にも伝えていないのだが。
それにしても、あとから思うに、この時もし私が、「じゃあ、いいです」と投げ出してしまったら、社長はどうするつもりだったんだろう。涼しい顔をして別の人に店長をやらせたんだろうか。それとも、必ず向かってくると信じてくれていたんだろうか。いつか社長に聞いてみたいものだ。でも、現役の間はとても聞けそうにない。
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