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仕事を教わる心構え

後出しジャンケン、万歳!

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フリーター(男性)  2011-09-13

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後出しジャンケン、万歳!

「後出しジャンケン」という言葉がある。
ジャンケンでこちらが手を出した後、それを見たうえで相手が勝ち手を出すことだ。こちらは必ず負けるわけだし、「早く出してよ!」と言いたくなるだろう。
仕事の場合でも、これと似たようなことがある。ただし、それはあながち責めるべきものではなく、時には大事なことを教えてくれたりもする。
僕がそう考えるようになったのは、コンビニエンスストアでアルバイトをしていたときのことだ。

その店で働き始めた頃のある日、Fさんという先輩と2人で深夜勤務をした。たいていのコンビニでは防犯上、深夜は最低でも2人で勤務する。時々、深夜に一人で店番をしているように見える店があるが、普通はもう一人がバックヤードで作業をするか休憩をとるかしているはずだ。
Fさんと深夜シフトに入ったのはその日が初めてだった。お互いまだ打ち解けておらず、相手について知っているのは他の店員から聞く噂話くらいだった。「豚殺し」の異名をもつFさんは当時20代で、昼間は毎日と畜場で働き、夜になると週の半分はビルの設備メンテナンス業、残りの曜日はコンビニで深夜アルバイトをしていた。「一体いつ寝てるんだろう?」と職場の皆が不思議に思うほどの働きぶりだ。
しかし、働き者だからといって、仕事の教え方まで上手いというわけではない。仕事を教えるには、内容に通じていることはもちろん、少なくとも人に教えるだけのモチベーションと指導技術が必要だからだ。
残念なことに、Fさんにはこのどちらもあまり期待できなかった。

バイトを始めてからその頃までに、僕は仕事全体の大まかな流れと、接客・レジ打ち・検品・品出しといった基本的な仕事をこなせるようになっていた。だが、コンビニで扱う商品は実に種類が多い。そのため、すべての商品の売り方や売った後の処理などについて、あらかじめ習っておくというのは無理がある。そこで、先輩のやり方を見習ったり、必要になればその都度教わるという形で、少しずつ知識の穴を埋めていくことになる。

しかし、その日はツイていなかった。というか、盲点をツかれた。
シフトに入って数時間が経った深夜、僕が一人でレジに立っていると、店に入るなり「○万円のハイウェイカードを2枚くれ」というお客さんが来た。当時、コンビニではハイウェイカード(ハイカ)というものを扱っていた。高速道路の料金所で使用するプリペイドカードだが、ETCが普及した今では使われなくなったものだ(平成18年に廃止)。僕はそのときまだハイウェイカードを売ったことがなく、実は存在すら知らなかった。どうすればいいのだろう。よりによって、Fさんは休憩中...。

とりあえずお客さんに返事をし、レジの周辺を探してみた。しかし、いくら探しても全然見つからないし、Fさんはバックヤードで「休憩中に呼ぶな」オーラ全開だ。僕は焦りだした。
しかも、そのお客さんの雰囲気がタダ者ではなかった。見たところ年齢は50歳前後、Tシャツにジーンズ姿で短髪にサングラス。背は低めだが、体格はかなりがっしりしており、腕なんか片手でリンゴを握りつぶせそうなくらい太い。同じような体格で上下ジャージを着た連れが一緒に入ってきたのだが、そちらは手にした携帯電話に何やら怒鳴りちらしながらすぐ出ていってしまった。

「豚殺し」のFさんも結構怖いが、お客さん達のほうがもっと怖かった。ためらいながらもFさんに教えを乞うと、返事は「自分で何とかしろよ」。いったんレジに戻ってお客さんに謝った後、もう一度調べたがやはりわからない。あきらめてまたお願いすると、今度は「何でわかんないの!?」。そう言いながらも、Fさんが一緒にレジに入ってくれたおかげで事なきを得た。

お客さんが帰った後、Fさんは改めてハイウェイカードの売り方を教えてくれた。といっても、先ほどお客さんの前でやったことをもう一度繰り返しただけだ。ハイウェイカードは、教えられなければ到底わかりそうもないところから出てきた。「早く言ってよ!」と心のなかで思った。
しかし、僕はそのときFさんに向かって「こんなの、教わらなきゃ絶対わかりませんよ! なんでさっきすぐに教えてくれなかったんですか!?」などとは言わなかった。別に怖かったからではない。
たしかに、その「後出しジャンケン」のようなやり方には腹が立った。だがそれと同時に、一人で妙に納得してしまったのだ。

理由は2つある。まず、そもそもFさんが、新入りにいつどんな仕事をどのように教えるべきか等について、何の考えも持っていないとわかったことだ。例えば彼を雇う店長の立場からすると、これじゃ困るだろう。しかし、後輩の指導方法について(おそらく)何も習ってきていないFさんを責めてもしかたがない。ない袖は振れないのだ。
もう1つの理由は、仕事って案外こんなものかもしれないと思ったことだ。今回は先輩であるFさんに「後出し」されたわけだが、お客さんだって「後出し」してくるのだ。モノを売る側にとって、お客さんの要望をあらかじめ想定して行動できる範囲は限られている。でも、たいていのお客さんは、そんな事情におかまいなく、時には売り手の想定を超えた要望を持ってやって来る。
そうなれば、あとは売り手がどこまで対応できるかが勝負だ。そして、その対応力を伸ばすには、いろいろなケースを通して、とにかくお客さんの要望に応えようと自分で考えるという経験を積み重ねる必要があるだろう。また、相談できる相手もいるにこしたことはない。Fさんも、はじめは渋っていたが結局助けてくれたわけだし。

こうした「仕事のなかの後出しジャンケン」は、実際の後出しジャンケンとは少し違う。経験を積み、相手の要望を上回る手を出せるようになれば、時にはこちらが勝つこともできるのだ。そうなるまでは、いちいち腹を立てるのではなく、こちらの盲点をツいてくれたことにむしろ感謝するくらいがちょうどいいのかもしれない。


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