OJTコーナー

私が大学生だったころの話です。短期のアルバイトを探していた私は、ある派遣会社から仕事の紹介を受けました。
＜職種：ナレーター　内容：量販店で携帯電話を販売するお仕事です。　時給：1400円　日時：土日2日間　10：00〜18：00＞

オフィスでのパソコンを使用した事務作業を希望していた私にとっては少々戸惑いましたが、実務経験がない学生にそう希望通りの仕事はやってきません。そして学生にとってはかなり割のよい時給につられ、仕事を紹介してもらうことになりました。

後日、メーカーの販売子会社にて商品説明等の研修を受け、販売日当日を迎えました。

そこに集まったのは私のほか、同年代の男性と女性1人ずつ。私たち女性は銀色のジャケットとスカートというまるで怪しい宇宙人のようなコスチュームを身にまといました。男性はリスの着ぐるみです。なんとも奇妙な3人組でした。
その3人組でなんとか商品を売っていくのです。
ほどなくして販売会社の若めの社員がかけつけましたが、あいさつもそこそこに再度商品の確認と販売場所の準備を終え、
「では、よろしくお願いします」とだけ言って去っていきました。

場所は量販店の一角。いざ宣伝開始です。
このような販売経験もなく、たった1日研修を受けただけの素人同然の学生である私ともう１人の女性は、ただただ販売会社より手渡された宣伝文句をオウムのように繰り返すだけ。
リスの着ぐるみを着た男性は、着ぐるみの仕事を経験したことがあるらしく、はじめこそ足取り軽やかでしたが、午後になるとペースダウン......。
何度か販売会社の社員が様子を見に来るも、とくにコミュニケーションを取ることもなく、1日の業務は終了しました。
終了時には3人ともぐったりと疲労し、
「あと1日あるのか......こんなに疲れるんだったら引き受けるんじゃなかったなぁ......」
そんな愚痴もこぼれました。

次の日同じ場所に集合した3人は、前日の疲労を残しつつ、足取り重く準備を開始しました。そこに販売会社の社員もやってきました。前日の社員とは違うやや貫録のある30代後半くらいの人です。
昨日同様、宣伝文句を繰り返していたところ、その販売会社の社員が、商品名が書いてあるパーカーを着て、道行くお客さんに声をかけます。
「どうぞ手にとってみませんか？」「いまならキャンペーン中ですよー」

そしてそれだけではなく、販売する上でのコツを私達にアドバイスしてくれたのです。
ただ呼びかけるだけではなく商品を持たせてみること、商品の軽さや使いやすさを実感してもらうことなど......。

商品知識を頭に詰め込んで、ただ商品の利点を繰り返すことで売っているつもりになっていた私にとって目からうろこでした。

そして、なによりこの社員が、商品を売るという目標に向かって率先して生き生きと動いている姿をみて、私の中でこの仕事に対する心構えが変わりました。
仕事に対する姿勢が変わったのは私だけではなかったと思います。もう１人の販売の女性も積極的にお客さんとコミュニケーションを取るように変わっていき、着ぐるみリスの動きもパワーアップ！
商品を売るという目標に向かって雰囲気が盛り上がり、チームが一丸となった日だったと思います。

結果は前日の2倍を超える売上となりました。
仕事が終わった後も前日のような疲労感だけでなく、むしろ晴れ晴れとした気持ちでした。

今になって思い返すと、1日目の社員の顔はほとんど思い出すことができませんが、2日目の社員の表情やアドバイスは、はっきりと思い出すことができます。コミュニケーション一つで大きく印象も変わるものだと実感します。
2日間という本当に短い仕事でしたが、アルバイト料だけでなく2日目の社員の背中を通して仕事に対する取り組み方を学んだ貴重な経験でした。