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外資系製薬メーカー 学術担当 2003-09-24
ボクは当時、小さな出張所の責任者をしていた。翌年、隣県にあるブランチに配属された新人のうちの1人が、どうしようもなく無能だ!という噂を耳にするまではそう時間はかからなかったように記憶している。毎年50人もの新人を採用するわけだ。皆が皆、我々が望むようなモチベーションに満ちた機転の利く輩とは限らない。
隣県のブランチへ会議に行ったときのことであった。噂の新人君は、机にかじりついて一心不乱に何かを書いている様子である。覗き込むとそれは精算書類である。まるで春の訪れを知らせるかの如く、訂正印の真っ赤な花が咲き乱れた精算書類はボクの目にはカラフルに映った。
人の話は聞いていない、理解できない、気が利かない......ナイナイづくしの無能新人君はしっかり貼られた自分のレッテルを完全に認識しているようである。厳しいという噂を聞いていたのか突然現れたボクの顔を見た瞬間、最高潮の緊張を湛えて「あっ、ご苦労様です......」と小さな声で言った。
「目上の方に対してはご苦労様じゃねーだろ!」イライラしている先輩営業マンからゲキが飛ぶ。先ほどから見ていると、机にかじりついてはいるが、すっかり手は止まっているようである。ボクは少し興味が湧いて彼を見ていると、「すいませんね、こいつぜんぜんダメでして...」と5年目の営業マンがこちらに頭を下げ、そして間髪入れず「その書類ができなかったら他の新人も待っていなければならないんだぞ!さっさとやったらどうなんだ!」と彼に怒鳴声をあげている。彼は「ハイ、ハイ」と無表情に空返事を繰り返しているだけである。配属以来ずっとこんな調子なのだそうだ。
彼は、いわゆる6カ月の新人研修を終え、2週間ほど前からOJT期間に入りここのブランチで丁稚奉公をしているといった様相である。
気になったボクは、後日本社の研修担当者(私の現職)に訊ねてみた。新人の中で研修している様子は、少し手が遅いきらいはあるが、明るくまじめでどちらかというと中心で騒いでいるタイプだという。
6カ月が経ちOJT期間は終了したが、彼は当業界の営業マン、いわゆる医薬情報担当者不適格という烙印を押されてしまった。関西地区の各マネージャーが集まった会議の席で、今年は不適格者が出たので彼の業務を変更する旨が統括責任者から発表された。
ボクはその場で、業務変更はいつでもできるので、彼をもう半年ボクのエリアでOJTさせてほしいことを提案した。不適格者の烙印を押したマネージャーへの挑戦状と取られたかもしれないが1人のサラリーマン人生であるが故、慎重に判断すべきというボクの提案は受け入れられた。
かくして無能新人君はボクの下で再スタートとなった。彼が出社してきた朝、ボクは彼に聞いてみた。
「Aコース?それともBコース?ちなみにCコースもあるよ!」
彼はどぎまぎして「あっ......えっと......どっちがいいんですか?」と。
「A/B/Cそれぞれのコースのことは熟知しているかい?」
「ん......あっ......いや、なんとなく......」
彼のこの受け答えを聞いてボクはピンときた!
予想どおり彼は配属直後から叱られ過ぎて萎縮しているのである。ちなみにA/B/Cコースというのはそのときボクが思いついたデマカセである。したがって普通の新人なら質問してくるはずなのだろうが、彼は記憶力の悪さを何度も叱られてきたためにまともな判断力を失っているようだ。
ボクは彼に対して「無能君」と呼ばれていること、将来偉くなりたいかという2点について意見を聞いてみた。そして「無能」というレッテルを張られてしまったことに対し遺憾であるということ、出世欲はあることを確認した。
ボクは彼に出張所における役職をつけた。「ゴミ・リーダー」である。つまりボクが気になる前にオフィスをきれいに保つことに対して全権を委任したのだ。また他の部下たちにもゴミの処理に関しては新人である彼の指示に従うようお願いした。その代わり、業務目標が低いので達成できても5段階の下から2番目の評価までとして彼と約束した。
ボクは部下に恵まれていた。他のチーム員はボクの趣旨をすぐに理解し協力してくれた。
彼は担当を持っているが我々のチームは彼の担当地区を少しずつ負担し合い、彼はごみ処理とオフィスの美化にだけ努めた。これができたのは我がチームの業績が全国で1人当たりの生産性が最も高く、十分な営業力があったからに他ならない。ボクはついていた。
予想どおり彼は半月でもっと仕事がほしいと言い出したので、すかさず2枚目のカード「コーヒー・リーダー」の責務を与えた。これは皆がオフィスに戻ったときにいつでもおいしいコーヒーが飲みたいという希望を具現化したものだった。この件については彼に予算を立てるよう依頼した。つまりいくらのお金があったらいつでもおいしいコーヒーが飲めるのか考えてもらったわけである。
5,000円の予算と月に1,500円のランニングコストでインスタントコーヒーと湯沸しポットを買ってくるという企画から始まり、紆余曲折あって月々2万円のレンタルコーヒーサーバに至るまでは約1週間を要した。皆一様に喜んだ。
......フリをした。
なぜなら月2万円は我々のポケットマネーでの負担だからである。
ついでに隣のオフィスに彼が気に入った女性社員がいた。そこで仕事の段取りと同じように少しずつ仲良くなる計画書を作らせ皆で検討した。5つの関門を設け達成ごとに皆で祝い酒。
彼は少しづつではあるがこの馬鹿馬鹿しきチームの中において、自分の価値を見出し社会人の自覚と自信を育んでいった。
2年後、彼をブランチへ戻した。当然一人前の担当者としてである。
翌年業績TOPの仲間入りを果たし10日間の海外インセンティブ研修を手にした彼は、今年6通目の年賀状をよこした。そこには計画どおりに接近した一目惚れの彼女との間にできたばかりの第一子の写真が添えられていた。
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