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元DTPデザイナー(男性) 2004-08-25
以前勤務した印刷会社の話。Sさんという女性が中途入社してきた。Sさんは前職が事務職であり、オフィス系ソフトが得意でデザインやイラストは独学で学んだ。
ワードやエクセルを使う仕事が増えていたころで、職場は大いに期待したが独学知識は想像通り仕事の妨げになった。
例えば当初のSさんは編集作業で「色付きの方が見やすい」という理由で小さい文字に色を付けたりした。
モニタ上では色彩はRGB(光の3原色)で表現されるが、印刷紙面ではCMYK(4色のインク)で表現される。
確かにモニタでの色彩表現に慣れた人にとっては、発色の高い色ほど見栄えが良く感じる。しかし、いざ印刷をすると退色し、狙いの色と懸け離れ、刷る条件によっては文字がつぶれてしまう。したがって読みやすさが第一である商業印刷では小文字は濃いベタ色(主に墨色)が一般的であるのだが、Sさんは知らなかったのだ。
Sさんの役割はイラストを描きデザインや編集をするだけではない。商業印刷の仕事はイレギュラーな変更が多い。それに備え、クライアントとの打ち合わせを密に行い、入稿から納品まで工程を把握する必要がある。制作途中では、当然クライアントの要望により修正がはいるものだ。
イラストレーターやデザイナーにあこがれて入った人のほとんどは、自分のイメージする紙面が完成すると一仕事終えたつもりになる。そこに修正が入るとセンスや努力を削がれた気分になり意欲が萎えてしまうのだ。私も少なからず経験したが、これは仕事だから仕方のないことだ。
しかしSさんは強気な性格も手伝って「一生懸命作ったのに」とか「なぜこの色がダメなの?」と、文句連発。「自分のセンスをクライアントに押し付けるな」と諭すのだが、「こちらに依頼しておいてなぜ修正だらけにするの?」と、ご立腹である。
気持ちはわかるがデザイナーはアーティストではない。自らのセンスを加味しつつ多くの人にわかりやすく情報を伝えるのが仕事だ。
しかし漠然と「クライアントの気に入るように作れ!」と指導しては仕事の面白さは伝わらないだろう。仕事全体を把握することで自分の立場や役割に責任感をめばえさせるチャンスと思うのだが、どう指導をしたらいいだろうか......。
残念ながら小さな印刷会社に確立したマニュアルは無くOJTという言葉さえ無い。
ある日、某スーパーより有機野菜の販促チラシの制作依頼が入った。これはSさんに担当させ、レイアウトやデザインを任せ私はそのフォローについた。
入稿原稿は表面で有機野菜の栄養素や価格を、裏面はいくつか料理方法を紹介し、大ざっぱに分量や煮炊きの時間と盛り付けの画像を掲載するというものだった。おいしそうな写真と簡素な調理例で見やすいチラシになりそうだ。
しかし、原稿を見たSさんが「下ごしらえの方法も載せるべきよ」と言う。料理をしない私には気付かなかったが料理好きのSさんは気になるらしい。下ごしらえを載せるにもチラシのターゲットは主婦である。下ごしらえの紹介など不要では......。
でも調理するのは主婦ばかりではない。野菜の切り方や下味のつけ方など、たかが「下ごしらえ」でも料理をうまく作るためには必要なはず。情報過多か否かと考えていると「何だ。料理の手順は仕事の流れと同じだ!」と気付いた。
結果、販促チラシは掲載写真を縮小し下ごしらえの欄を加えた。Sさんの意見が通ったわけだが、もし自分が担当なら気付かなかった。Sさんが担当した有機野菜の販促チラシ制作は、自分の指導方法を改めさせてくれた。料理に例えて伝えたら、Sさんもわかってくれるかもしれない。
それ以降Sさんが、修正だらけで返された紙面案を見て気分を害しても「材料を吟味している段階」とか、Sさん渾身のカットが削除されたら「大根の料理なら葉や尻尾は使わなくても別の料理で使える。確実にSさんの実力の肥やしになる!」など料理を例えに指導した。Sさんは次第に「料理と同じ、それぞれ合うやり方が必要ね」と、渋い顔をしつつ文句の数は減らしていった。
料理の得意なSさんに料理を例えに指導するなど今思えば少し恥ずかしいが、身近な例えで教えられたことは良い経験だった。
その後Sさんの仕事の進め方はスムーズになり、料理と同じく常に刷り上がり後を考え仕事の流れ全体を把握しはじめた。もちろん小さな文字ほど読みやすく編集してくれる。
しかし、全てが料理を例えて指導できるとは限らない。
納期が迫っているのに材料を吟味するのんきなクライアントもいて「今までの下ごしらえを生ゴミにするつもりですか(怒!!)」と、怒りん坊のSさんがよみがえることもある。そんな時はさすがに料理を例えて指導できない。
やっつけ仕事は手段を問わずやっつけなければならず、インスタントあり、出前あり、コンビニ惣菜あり、といったところか。だが怒っているSさんにそんなセリフを吐けば火に油を注ぐようなもの。そんな時、私は黙々と仕事をする姿を見せるしかない情けない先輩であった。
仕事全体の流れを把握しなければ自らの守備範囲に責任は感じられないのは業界業種問わず同じだと思う。単なる会社の中の1つの歯車でいては仕事もつまらないだろう。
いまだに私には縁遠い料理だが、仕事を旨く(上手く)運ぶ考え方はどの職場でも仕事でも共通するはず。この文章を読んでいる方、教育する方へ、人を指導するヒントは案外おいしい料理の香りとともに身近に漂っているのかもしれない。
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