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編集者(男性) 2008-07-24
小さな編集プロダクションに在籍していたときの話です。
そこは雑誌やムックを中心に請け負っている会社で、社員数は15人ほど。つねに大小の〆切に追われるとても忙しい会社でした。
研修や見習い期間などはなく、入社早々書籍やムック※を丸ごと"ポン"と渡されます。
泳げない子を海に放り込むようなワイルドなやり方で、われわれはひそかに「某ヨットスクール方式」と呼んでおりました。
実際、過酷な環境でした。
いちばん辛かったのは、労働時間の長さや使える経費の乏しさ(ほぼ 0)ではなく、上司が部下の仕事振りにまるで無関心なことでした。仕事量が限界を超えているのは明らかなのに、「工夫して能率よくやれば?」などとさらりと言われて凹んだこともあります。
そんな環境なので、社員は長続きせず、激しく入れ替わります。そのためますます殺伐とした環境になっていくという、悪循環の見本のような会社でした。
過酷な環境に鍛えられて(?)超低予算でやりくりするスキルを身に付けていった私は、たくさんの仕事をこなすようになり、それと並行してたびたび上司と衝突するようになりました。批判をぶつけることは悪いことではなく、むしろ会社のためになると思っていました。
ある企画会議の席でのこと──。
急な仕事が入ったことを、上司Yから知らされました。
こういうとき、Yは決して指示を出しません。ただ状況だけを述べ、勝手に部下が決めてくれるのを待つのです。
先輩たちは、私以上にいっぱいいっぱいです。「後輩の自分がやらなければいけないだろうな」と半ば覚悟していたのですが、Yの説明を聞いてびっくり。
「校了(編集の〆切のこと)は今月末、制作費は●万円」
聞き間違いかと思いました。
●万円というのは、印刷費だけで消えてしまう金額です。
撮影費は? デザイン費は? 原稿料は?
ここまでひどい条件は、さすがに初めてでした。
戦闘モードで怒鳴り出す直前の私をハナ差で抑え、
「わかりました。僕がやります」
と静かに言ったのは、先輩Wさんでした。
Wさんは、〆切どおりにそのムックを完成させました。私の手伝いの申し出をやんわり断り、誰の助けも借りずに。
出来上がったものを見ると、カラーページがほとんどなく、写真も他から再使用した様子。
一目で低予算とわかる、はっきり言って見劣りする仕上がりでした。
私は無性に腹が立ってしょうがありませんでした。社員にこんな仕事をさせる上司と会社に。そして、質の低いやっつけ仕事を平気でやってしまうWさんを少し軽蔑しました。
後日、別の仕事の打ち上げで皆と飲みに行ったときのことです。
Wさんがぼそっと、
「ひとつ仕事が終わると、ひとつ分の自己嫌悪と後悔がある」
と言いました。
何を言っているのか、すぐにわかりました。
Wさんは、やっつけ仕事を承知のうえでやっていたのです。そして、それについて会社のせいにせず、一言の言い訳もしませんでした。
思えば、私の会社批判は正論だったかもしれませんが、何一つ状況を変えませんでした。それに対して、Wさんは「誰かがやらざるを得ないなら」と、その場でできる限りのことを黙ってやっていたのです。
口ばかりで実際には何もしなかった当時の自分を恥ずかしく思うとともに、Wさんは信頼できる人だったなあと今でも思い出します。こういう人の陰の努力が、かろうじて組織を支えているということは、よくあるのではないでしょうか。
ちなみに、会社は数年後倒産しました。主力メンバーが次々に抜けて、立ち行かなくなってしまったようです。
個人個人のがんばりはもちろん大切だと思いますが、やはり組織自体がしっかりしてないと生き残っていけないということなのでしょうね......。
※ムック
《magazineとbookの中間の意を表す造語》内容は単行本でありながら、発行方式や編集形態が雑誌のような出版物
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