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営業職の新人教育

あまりにも悲しい部下指導の話

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経営教育コンサルタント 雨宮 春仙  2002-06-10

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あまりにも悲しい部下指導の話

私が実際に聞いた、あまりにも悲しい後輩指導の話である。

Aさんは入社7年目のバリバリの営業担当者である。学生時代空手部で鳴らしたAさんは根性では誰にも負けなかった。「営業は根性だ」というのが彼の口癖であり、実際営業成績は常に課内トップであった。

B君は今年入社した新入社員であり、現在先輩のAさんに同行して営業のイロハを教わっている。先輩のAさんは教え方は確かに厳しいが、常に抜群の営業成績をあげるA先輩はB君のあこがれでもあった。
また、先輩のAさんはAさんなりに後輩のB君を1日も早く一人前にしてやろうと、教え方にも熱が入っていた。B君もそれに応えようと一生懸命頑張った。......ここまでは良かった。すべてが順調だった。

AさんがB君の指導担当になって2カ月位過ぎたころ、Aさん自身の売上が低迷した。トップの座も他人に奪われてしまった。元来負けず嫌いのAさんはなんとか挽回しようと以前にも増して営業活動に力を入れた。当然B君に対する風あたりも厳しくなった。

 Aさん:「お前のお陰で、俺の成績まで落ち込んでしまった」
 B君 :「すいません」
 Aさん:「明日からはもっと厳しくいくぞ。いいか、7時には出社してこいよ」
 B君 :「えっ。7時ですか、ぼくの家からだと5時には出なければなりませんよ」
 Aさん:「だから何だと言うんだ。いやならいいんだぞ。そのかわり、今後一切お前の面倒は見ないからな」
たいへん正直で真面目なB君は、こうまで言われてしまったら従うしかなかった。家族の心配をよそに毎朝4時に起きて5時には家を出ていた。家に戻るのはいつも11時頃であり、12時を回ることも珍しくなかった。
このような生活が半年くらい続いただろうか。しかし、Aさんの営業成績は期待したほどは伸びなかった。AさんはことあるごとにB君に辛く当たるようになってきた。B君のミスに対して手を上げることも1度や2度ではなかった。それでもB君は耐えた。

 Aさん:「だいたい二流大学しか出ていないおまえに、難しい営業が勤まるわけがないんだ。昨日だって得意先との約束の時間に遅れやがって」
 B君 :「でも、あれは先輩の忘れた書類を取りに戻っていたから......」
 Aさん:「なに。また人のせいにするのか」
言うがはやいかAさんは近くにあった灰皿を手にして、B君の頭をこずく。
 B君 :「すいません。すいません」
あまりの執拗さに見かねて、上司の課長が制止すると、
 Aさん:「ふん。今日は課長に免じて許してやろう。いいか、仕事は甘いもんじゃないんだ、覚えておけよ」

何で自分だけこんな目に会わなければならないのだ。やっぱり自分には営業は向いていないのだろうか。営業を希望して入社したものの、辛いことばかりでちっとも楽しくない。今まで自分のためと思って我慢してきたが、ただAさんにいいように使われているだけなのではないか。貘とした不安がB君の心に広がりつつあった。
その頃からである。B君の行動に精彩が見られなくなったのは。以前よりも寡黙になり、自分から人に話しかけることもあまりなくなった。その思い詰めたような態度は、自然と周りの人を遠ざける結果となった。見ようによってはふてくされているようにも見え、それが当然のごとくAさんの気に障った。

 Aさん:「今度の日曜は得意先の売り出しの手伝いに行くから出てこいよ」
 B君 :「...............」
 Aさん:「わかったのか?」
 B君 :「日曜は都合が悪いのでだめです。1人で行ってください」
 Aさん:「何だその言い方は。いつからそんなに偉くなったんだ。だいたい最近のおまえの態度は生意気だぞ」
と言うなりB君の頭を小突いた。しかし、今日に限ってB君も負けていなかった。いきなりAさんの手を払いのけた。その思いもよらぬ反撃にAさんもカーッとしてB君の胸ぐらをつかもうとした。その瞬間であった。B君のストレートパンチがAさんの顔面に炸裂した。空手の有段者とはいえ、不意を突かれたAさんは避ける間もなかった。
鮮血が飛び散り、女子社員の悲鳴があがった。慌てて数人の男性社員が割って入り、B君をはがい締めにしてAさんから引き離した。B君は興奮して、 「ちくしょう、ちくしょう」と泣き叫ぶばかりであった。むしろAさんの方が予想外の事態に呆然としていた。

前歯を折る怪我だった。しかし、事件は社内のこととして公にされず、内々に処理された。事件から1週間後、B君は会社を去った。同情してくれる人も多かったが、「二度と営業なんて仕事はしません」という台詞を残して去っていった。

さらにそれから2カ月後、Aさんは地方の小さな支店にいた。支店といっても支店長1人と女性社員1名からなる僻地の出張所のようなところである。Aさんの怪我は治ったものの、以前にもまして酒量も増え、そして酔うと必ず、
「ちくしょう。俺がこんなふうになったのもすべてBのせいだ。あんなに目をかけてやったのに飼犬に手を噛まれるとはこのことだ。甘やかしたのが失敗だった」
と言うのが習慣になっていた。


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