【OJTを成功させる!第3回~OJTの全体的なフレームの設計~】
<以下掲載内容>
【1.全体的なフレームの検討のポイント】
■OJTの全体的なフレームとは
OJTに関する教育スタッフの役割として、OJTの全社的なフレームづくりがある。その最初の作業が前回紹介した「OJTの基本的考え方」をまとめることだった。しかし、考え方をまとめただけで具体的な活動が生まれてくるわけではない。
OJTを活性化させるには、何らかの仕組みや仕掛けが必要になる。であれば具体的に何と何が必要なのか、その全体像を設計する作業をOJTの全社的なフレームづくりと呼んでいる。
前回も述べたように、OJTの仕組みは構築するのも運用するのも非常に多くの労力が必要となる。また仮に複数の仕組みが作れたとしても、そのほとんどを同じ管理者が担うことになり、力が分散されるだけで効果的とはならない。
そこで、ムダが無く、バランスも良く、そして全体として効果が上がるように、必要最小限の仕組みを組み立てるのがここでの作業だ。
■OJTの対象者と管理者への要求の程度
ここで考えるは、例えば新入社員のOJTなど1つの制度の中身を検討するのでなく、新人向け、一般層向け、中堅層向けなど、OJTの仕組みとしてどんなものが必要か、全体像を描くことだ。その場合、検討しておくべきポイントが4つほどある。
まず最初は、会社としてOJTの対象者をどの範囲とするかだ。これにはいくつかの意見がある。代表的なものは「若手中心でいい」という意見と「いや、全員を対象とすべき」という意見だ。どちらの意見にもそれぞれ理由があるが、ここでは全社的なフレームという観点から「全員を対象」として話を進めたい。
2番目の検討事項は、OJTの責任者となる管理者にどの程度のことを要求するかという点だ。管理者の中には部下を育てるのがうまい人もいればそうでもない人もいる。あるいは部下指導に熱心な人もいれば無関心な人もいる。もし、管理者に特別な要求はしなければ、OJTの実施状況は管理者の意識や技量の差がそのまま反映されることになる。そうなると、非常に良い指導を受ける人もいる反面、全く何も指導されないという人も出てしまうかもしれない。
そういったバラつきを無くすには、管理者がどんなに忙しい状況に置かれているとしても、やはり一定の要求はしていく必要がある。ただ、多くを求めても実行はされないので、管理者にも納得してもらえる現実的な線を見極めることが重要なポイントとなる。
ここでは2つの側面から要求する内容を描いておく。まず管理者が複数の部下を持っている場合、その全員ではなく、複数の部下のうち1人か若干名にだけ重点的に指導すること。もう1つは、1年のうちの特定の時期だけは、全員の部下に対し優先的に時間を割くようにするというイメージだ。
■OJTで取り組む内容
検討の3番目は、OJTの内容に関する問題だ。通常、仕事や本人の成長にとって必要と思われるもの全てがOJTの対象だと言われる。しかし、企業内で実施される教育はOJTだけではない。そのため、集合研修や自己啓発との棲み分けや役割分担をどう設計するかという点も検討しておく必要となる。
OJTで行う内容が他の教育手段とかぶっていたとしても、それ自体はそれほど問題にする必要はない。教育の場合、同じことを角度を変えて繰り返し行うことはムダではないし、むしろ望ましい。集合研修で基本的なことを学んだり、自己啓発で知識として学んだことを、OJTでは実践として教えていくなどの役割分担ができれば全体としての効果は必ず高くなる。
しかし一方で、OJTでしかできないことがある。1つは一人ひとりの状況やレベルを踏まえた個別指導であり、もう1つは具体的な場面や機会を捉えた指導である。とりわけ実践を通じた問題解決力の醸成はOJTでなければ難しい。
これらは個人側の学習という観点では最も効果が高く、これが漏れてしまうと、実践的な能力を持つ人材が育ちづらくなってしまう。
OJTにはこうした他の教育手段ではできない特徴がある。OJTを行うからにはこの点を意識しておくほうが効果も大きくなるはずだ。
そこでOJTで取り組む内容は、「実務を通じてしか教えられない項目を中心とし、特に問題解決力」としておきたい。
■OJTの効果を最大化できるようにする
最後の検討ポイントは、全社的に進めるOJTの効果が最大となるようにするにはどうするかという点だ。具体的にはどういう対象者に、どんなタイミングで、どういうOJTで行っていくとよいかを検討していく。
管理者クラスの人たちに「これまでどういうときに一番能力が身に付いたと思うか」という質問をすると、「よい上司に巡り合ったとき」「大きな仕事を任されたとき」という意見が多く聞かれる。一方、数は多くはないが注目すべき意見がある。「新入社員のとき」「転職したとき」「転勤したとき」「異動で仕事が変わったとき」「初めて部下を持ったとき」などだ。
新しい仕事についたときや役割が変わったときは、同じ仕事を長年続けているときに比べるとはるかに多くのことを吸収する。
だとしたら、このタイミングを逃さず、集中的なOJTを組んでいけば、より大きな効果が期待できるはずだ。
効果が期待できるタイミングはもっと日常的なところにも転がっている。それを表すOJTのキーワードに「機会を捉えて」というのがある。機会を捉えてとは、必要性が発生したとき、本人が知りたい学びたいと感じているとき、指導の題材となる良い事象が発生したときなどを指している。このような日常的な場面場面も逃さず、適切な指導が行われるようにしていくことも、効果を上げるポイントと思われる。
最後にもう1つの着眼点がある。日本的な長期雇用を前提とするなら、社員は組織の中で同じポジションに留まっているのでなく、内部昇格を行いながら上位の階層へと進んでいく。この成長プロセスにも焦点をあて、指導内容を段階的に積み上げていくことも、設計段階で念頭にいれておく必要がありそうだ。
【2.特定の対象者に焦点を当てた仕組み】
■要求項目の再整理
ここまで全社的なOJTのフレームを設計する際の検討ポイントを記述してきたが、そこから出て来た要求事項は以下の通りだった。
さて、以上の要求事項を踏まえてOJTの全社的なフレームを組み立てていきたい。
なお、これらの要求事項は、前回作っておいた「OJTの基本的な考え方」との整合性は検証しておく必要はある。またフレームを組み立てる際にも基本的な考え方に沿うように進めていくのは言うまでもない。
■必要な対象層を洗い出す
まず最初に、仕事や役割が変わったタイミングで集中的にOJTを行うという要求を取り上げ、その対象者を考えてみたい。なお、管理者が重点的にOJTを行う人数は1人から数名程度にするという条件も踏まえ、対象人数が多くなりすぎないようにも留意する。
そうした場合、まず思いつくのはいわゆる新人だ。新人は新卒者に限らず、通年採用(中途)もいるし、派遣やパート・アルバイトなどの新人もいる。これらは実務経験に違いがあり、担当する職務や将来的な育成目標も異なるため、それぞれに別の仕組みを用意したい。
また新卒者用のOJTも、最終学歴等によって初任配属の職種や育成方針が異なる場合は、仕組みを複数に分ける必要があるかもしれない。
新人以外で仕事や役割が変わるケースとしては、配置転換や職種転換がある。特に、技術職から営業職など、同じパターンの職種転換が頻繁に発生している場合はそれに応じた仕組みが準備されているほうが効率が良い。
この場合の指導項目としては、新人のOJTから会社の知識やマナーなどを除き、職務に関する知識・技能を中心としたものとなる。
次は昇進と昇格だが、これは特に重要な階層に絞って準備したい。まず1つは、一般層からリーダー格の資格等級への昇格で、仕事上の役割を拡大させていくことが期待されているときがターゲットとなる。さらにもう1つ、初めて直属の部下を持ち、評価者になったときも重要なターゲットだ。
最後に、新卒者で入社2年目から3年目にかけてのところにも1つ仕組みを設けておきたい。職務内容としては新人の延長線上の場合が多いが、本格的に担当を持って仕事に取り組みはじめる時期で、伸び方に差がつきやすい時期だからだ。
■職種転換時と昇進・昇格時のOJT
以上を一覧にまとめたのが表〓だ。部下の構成にもよるが、積極的に新規採用を続けている企業を除けば、おそらく1人の管理者に対し、指導対象者が毎年1人発生するかしないかという程度になるはずだ。決して指導ができない人数ではない。
このうち、新人と2年目のOJTに関しては比較的多くの企業で制度化が進んでいるが、職種転換や昇進・昇格時のOJTを制度化できている企業はあまり見かけない。
昇進や昇格は人件費が増大することを意味し、職種転換は一時的に生産性が低下するタイミングとなる。だとしたら、こういった異動時に集中的にOJTを行っていくのは経営的にも非常に理にかなっている。
そう考えると、ここでのOJTは管理者にとっての責務であり、それが確実に行われるような仕組みを整備することは教育スタッフにとっての責務と言えるかもしれない。
【3.全員を対象とした仕組み】
■目標管理を活用したOJT
特定対象者別のOJTでは、期間を区切って集中的な指導を行っていく。そのためには、手順や指導項目が制度化されていることが望まれる。とは言え全てを一気に整備するのは大変なので、優先順位を決めておいて、あとは余力と相談しながら1つひとつ取り組んでいくことになる。
しかし、これらの仕組みを全て併せても、1年のうちにOJTが実施される対象者は、全従業員の1割程度にしかならないはずだ。これだと「全従業員を対象にする」という要件のほうは満たせない。
そこでもう1つ、全社員を対象としたOJTの仕組みも準備しておく必要がある。ただし、こちらは部下全員を対象とするため、管理者が部下1人あたりに費やす負荷が比較的小さくてすむように設計してやる必要がある。
これに最も適しているのは、目標管理制度を利用したOJTだ。目標管理であれば管理者が部下に多くの時間を割くのは目標設定と評価時の面談のときで、あとは期中に日常活動の中で場面場面を捉えて必要な支援や指導をしていく程度ですむ。
ただ、ここでも問題となる点が2つある。まず期首と期末の面談がどうしても目標のレベルや評価のすり合わせに終始してしまい、育成を意図した対話になりづらい点だ。2つ目は期中の支援や指導にしても管理者の意識や個性に左右され、計画性が乏しく、場当たり的になりやすい傾向があることだ。
■OJTの階層別ガイドライン
目標管理制度があるだけでは、OJTが有効に機能するとは限らない。面談や日常活動においても育成が意識されている必要があるし、指導の中身も的確で一貫性を持ったものでなければ人は育たない。
それには、やはり指導のための計画や指針があったほうが良い。だからと言って今日の管理者に、部下一人ひとりの指導計画を作成することを要求するのは現実的ではない。
そこで登場するのが、OJTの階層別ガイドラインだ。これは、OJTに関する全社共通の標準的な指針を意味している。それを教育スタッフが作成し、管理者に提供してやる。(表〓参照)
このガイドラインには、管理者が部下に対し、どの時期にどういう指導をしてほしいか、できるだけシンプルに表現していく。しかし、その中身はぎっしりと思いの詰まったもので無ければならない。
例えば、自社内にある人を育てるノウハウや価値観を調査し、それを短い文章の中に織込んでいく。また、人はどうやれば意欲が高まるか、学習が進むか、あるいはそれぞれの時期にどういう指導方法が有効かなど、理論的にも裏付けられたものとしていく。
もちろん、個人が大きく成長できることを願い、組織の中で成長していくプロセスを促進してやれるようなものが望ましい。
そういうものに仕上がれば、これだけでも十分有効なツールとなり得る。
■ガイドラインの活用法
実際には、OJTの基本的な考え方をまとめた後、次のステップとしてこのガイドラインを作成する。特定対象者に焦点を当てたOJTの制度も、このガイドラインに沿って詰めていけば、各制度間の整合性もとれ、内容的にも整理されたものとなるはずだ。
また、管理者が部下に対して個別の指導計画を作成する場合にも、こういうガイドラインが準備されていれば、一定水準以上の計画を効率良く作成することが可能となる。
ガイドラインの内容がすっきりとまとめられていれば、管理者が部下と対峙したときの態度や言動に一定の指針を与えてくれる。職能要件書やコンピテンシーモデルと比べても、OJTにとっては実用的なものとなるはずだ。
OJTの階層別ガイドラインは作っただけでもそれなりの効果が期待できるので、ぜひ各社に推奨したいツールだ。
「企業と人材」38/864号 より