【OJTを成功させる!第2回~OJTに対する教育スタッフの役割~】
<以下掲載内容>
【1.OJTに取り組むときの教育スタッフの問題点】
OJTに対する教育スタッフの関心は決して低くない。ところが、実際に教育スタッフが力を入れてOJTに取組んでいる企業となると限られてしまう。この点が教育スタッフとOJTの関わりを考えるときのポイントのように思える。
もちろん、OJTの定着に教育スタッフが力を入れている企業もある。また、年度計画で「OJTの推進」といったテーマを掲げて努力している教育セクションも少なくない。しかし、それでも全体の割合で見ると「問題意識を持ってはいるが取り組めていない」という企業が多いのはなぜだろうか。
■教育スタッフのOJTへの取り組み
まず、OJTを比較的よくやっているという企業について見てみたい。よくやっているという企業でも、代表的なOJTへの取り組みは次の3つあたりが中心となっている。
?目標管理や人事評価における面談制度
?新卒新入社員の配属時のOJTのしくみづくりとその運営
?管理者やOJTリーダーを対象とした指導スキル習得の集合研修の実施
これらのうち、?は人事セクションが担当しているケースが多い。また?も採用担当や事業部門で担当していることもある。もちろん教育セクションで主管していることも多いが、制度の導入時は力を入れて取り組むものの、2年目以降は新人が配属された部署にマニュアルを配付するだけというケースもある。
?は教育スタッフが主体的に行う活動となるが、研修後のフォローをしなければOJTのために特別なことをやっているというほどではない。
それでも?や?のしくみを作ったからこそ比較的楽にOJTを進めることができているとも言えるが、よくやっているという企業でも現状以上に充実させていくのは容易なことではないようだ。
■OJTに取り組むための余力
教育スタッフが社内でOJTを定着させていこうとするとき、阻害要因となるものが2つある。1つは余力の問題でもう1つは権限の問題だ。
これにはOJTという教育手段の性格が関係している。集合研修であれば、企画から実施までプロセスを教育スタッフが自己完結できる。自己啓発にしても同様だ。
ところがOJTだけは事情が違う。教育の中心部分を自分ではできず、管理者を動かしてやってもう必要がある。管理者に動いてもらうには、シンプルでわかりやすいしくみを工夫する必要もあるし、マニュアルやシートなどのツールも準備してやる必要もある。
さらに、本当にOJTを実施しているかどうかを把握しようとすると、自分で現場を回って確認するか、管理者かOJTの対象者に情報をあげてもらわないといけない。つまり、集合研修を1本やるのは比較にならい労力が必要になるわけだ。
ところが多くの企業では、教育セクションの仕事の中心は集合研修と考えられており、OJTはサブ的な位置づけとなっている。しかも、集合研修での準備作業や事務局運営への理解も低いためか、人が多すぎると指摘されることも多く、慢性的に余力がない状態に置かれている。
そのため、手間ひまのかかるOJTへは、問題意識を持ったとしても時間を割きづらい状態となっている。
■教育スタッフの現場への権限
2つ目の権限の問題は、教育セクションの組織上の位置づけとも関連している。各企業では、従業員数が増えるつれ組織機能の分化し、教育セクションの専門化が進む傾向にある。
100名規模の企業では総務部門で人事も教育も一緒にやっている。それから数百名規模になると人事部門が独立し、そこに先任者か兼務者の教育スタッフが配置される。千名前後の企業では教育セクションが独立するが、やはり人事部門の1つの課という程度の位置づけが主流だ。
さらに数千名から1万人規模になると教育が人事部門から分離され「人材開発センター」などとなる。一方で全社的な教育セクションは大きくせず、各事業部門に教育スタッフを配置している企業も多い。
注目したいのは、組織規模が拡大し、教育セクションの専門化が進むのと反比例するように、全社の管理者層に対する権限が小さくなる傾向があることだ。規模の大きな組織ほど、教育スタッフが管理者に何かを要求するときの手続きも煩雑になり、多くのエネルギーが必要となる。
教育セクションが大きくなってスタッフが増えるほど、余力は作りやすくなる。ところが、逆に管理者層に対する権限は小さくなる。これが、OJTのしくみを導入することの難しさかもしれない。
余力と権限のバランスが比較的いいのは、千名前後の企業で教育スタッフが人事部門の中で活動している企業ようだが、このクラスの企業は教育研修全体での課題が多く、OJTの優先順位を上げるのが難しい場合が多いようだ。
なお、事業部門の教育スタッフの場合は、自部門の管理者に対する働きかけはやりやすい。ただしそこで展開されるOJTは、どうしても実務的なスキル習得を目的としたものに限られる傾向がある。
【2.教育スタッフのOJTへの取り組み】
■OJTに取り組む前の2つの前提
OJTに関して教育スタッフとして行う範囲が、指導スキル習得の集合研修の実施だけに留めるならば大きな問題は生じない。しかし、もしOJTが現業部門で定着するところまでを目指そうとすると、次々にハードルが現れてくる。
具体的な活動では、何かのしくみや手法を準備し、それを現業部門に紹介し、実際に取り組んでもらえるよう働きかけていくことになる。そうすると自部署の業務量は増大するし、その取り組みを行う現業部門からの抵抗にも直面する。
これらのハードルを乗り越えていくには、実施の活動を始める前に、2つの前提条件を確認しておくことが非常に重要となる。1つは教育セクションのミッションの確認で、もう1つは管理者の部下に対する育成責任の確認だ。
■OJTに対するミッション
最初の確認事項は、OJTの推進を部署のミッションに含めるのかどうかの判断だ。もちろん、含まないという判断があっても構わない。
大手企業の全社的な教育セクションでは、集合研修の企画運営だけをミッションとしている場合もある。また中堅企業でも指導者養成の集合研修の実施までを教育セクション役割とし、OJTの実際の展開は人事セクションの役割となっている場合もある。
逆に流通業などではOJTの推進を当然のミッションとし、現場教育の充実を図るために、現場の巡回要員としての専任トレーナーを配置していることもある。
OJTに推進に取り組むなら、まずそれをミッションに含めることを少なくとも部署内で確認しておく必要がある。もちろん、ミッションに含めたからといってすぐに具体的な変化が生まれるわけではないが、それを確認しておくことでOJTに取り組むための体制づくりが進み、スタッフ間での協力関係もできやすくなってくる。
■管理者の育成責任に対する多様な選択
OJTでは、そのしくみが何であれ、管理者かそれに準じる人に指導育成をやってもらうこととなる。そのため、管理者に何をどこまで要求することが可能なのか、これをはっきりしておかなければしくみを組み立てることはできない。そこでもう1つの前提として、管理者の部下に対する育成責任についての確認が必要となる。しかし、これにも多様な選択が存在している。
成果主義の賃金制度を導入した企業の中には、能力開発は本人責任と割り切ってしまっている企業も出てきた。会社は不確実性の高い教育投資をやめ、本人が自分で努力して自分の価値を高めれば、それに対して賃金で大きく報いようというわけだ。
あるいは、管理者からも育成責任を除き業績責任だけ問うようにした企業もある。そのかわり会社が研修などを学習機会は提供するとしているが、それを受講するもしないも本人の自由としている。
これらの企業では、もはやOJTという関係は発生しない。しかしこれはこれで理にかなった選択だと思えるし、決して人材の重要性を軽視しているわけでもない。
こういった特異な例を除けば、管理者の育成責任を全て否定する企業は少ない。企業による違いはその責任の程度差だと思えるのだが、一方でその責任の大きさを明確にできている企業はそれほど多くはない。
■育成責任を大きく捉えることによる矛盾
管理者の育成責任を明確にした企業は、その責任を大きく設定する傾向がある。管理者の育成責任を明確にする目的がOJTに力を入れていくことにあるためか、いきおいその責任も大きく捉えてしまうのかもしれない。
例えば育成対象項目として、新卒者の社会人としての教育から人格形成の教育までと、ありとあらゆるものが掲げられているケースもある。また、部下育成を管理者の業績の一部であるとし、中には業績評価の50%は部下育成としている企業まであると聞く。
こうして管理者に大きな育成責任があることを明示すると、管理者にOJTを促すという効果は確かに出てくる。しかし、それで人材がよく育つようになったとか、会社の業績が上がったとかいう話はあまり聞かない。
管理者に大きすぎる育成責任を与えると、管理者の側にとっては、本来の仕事以外に余計な仕事が増えたという感覚となるようだ。しかも日ごろは厳しく業績向上を要求されて多忙を極めている。そこに部下育成という新たな要求事項が加わっても思うように時間を割くことができず、現実と要求事項に矛盾を感じるようになる。
この矛盾を自分の中で解消するために、その人は「部下指導にそんなに価値を置くのはおかしい」と、部下指導の重要性を低く見ようとするようになる。こうした心理的作用が組織全体広がると、部下指導は表面的に取り組むだけとなってしまう。
■業績責任と育成責任を一致させる
管理者の育成責任は、大きく設定すればOJTが活性化されるというわけではない。教育スタッフがOJTを推進していくときに確保したいのは、管理者に部下の育成責任があることが会社として合意されていることだ。これさえあればOJTのしくみを具体的に検討していくことは可能となる。
育成責任の範囲や打ち出し方は、それを示される管理者の側が素直に受入れることができるものであることが望ましい。だとすると、責任の範囲は管理者にとっても「自分の仕事だ」と思える最低限のところに留めておくべきだろう。
さらに重要なポイントは、部下育成が管理者が日ごろから要求されている業績向上の活動と矛盾しないように打ち出していくことだ。この業績責任と育成責任を一致させる工夫こそ、教育スタッフが知恵の絞りどころだと思われる。
【3.OJTの基本的な考え方の整理】
■基本的な考え方で盛り込むもの
管理者の部下に対する育成責任を明確にするという作業は、教育体系全体に照らすと2つの意味がある。まずこれは、会社全体での人材育成に対する責任体制を明確にすることにつながる。つまり、会社もしくはそれを代行する教育セクション、管理者、そして本人の責任と役割分担を整理することだ。
2つ目の意味は「OJTの基本的な考え方」をまとめる作業に通じる点で、これがOJTに関する教育スタッフの大きな役割の1つだと考えられる。よってその基本的な考え方も、管理者の立場からも賛同できるものでなければならない。
なお、OJTの基本的な考え方に盛り込むべき主なものは次のあたりだ。
実際には、この後に整理することになるOJTのガイドラインや項目一覧などとの兼ね合いで、さらに項目を追加したり削ったりしても構わない。
■基本的考え方の表現の仕方
人材と関連する諸制度の考え方を整理するとき、どうしてもそれがいかに重要かということを強調しようとする。そのためか、人材育成を最上位概念に掲げて、その他の項目を体系づけようとする傾向が強くなる。
例えば、評価制度の目的が人材育成で、改善活動の目的が人材育成で、さらには仕事の目的が人材育成などだ。これらは結果として人材育成にも役立つのは確かだが、こうしてしまうとそれぞれの活動の本来の目的がぼやけてしまう。
OJTの基本的考え方を整理するときも同様の傾向がある。次の例を見てほしい。
少し極端に書いてみたが、比較的よく目にするパターンで必ずしもこれが悪いと言えるものではない。しかし「管理者の仕事は人財を育てること」という部分などは、明らかに違和感を覚える。人間力の向上にしても同様だ。仕事を通じて人間的な成長が促されることはもちろんあるが、教育に関して本格的な訓練を受けていない管理者に委ねるべきものなのかという疑問は拭えない。
こうした大きく位置づけるやり方は、それによって悪影響が生じるというわけでもない。しかし、他の教育手段との兼ね合いの中でOJTが担うべき役割をぼかしてしまうことは確かで、この後に整備していく個々のしくみでも焦点を絞りづらくしてしまう。
■現実的なレベルの表現例
OJTの基本的な考え方の表現例を1つ示しておきたい。〓の図表を見てほしい。
これは一例にすぎないが、OJTをうまく機能させるためのポイントを盛り込んでみた。1の「各職場の業績向上に資する」では、OJTがあくまで業績追求の一貫であることを打ち出している。「実践的」は無くても構わないが、OJTでしかできない領域を提示することでその必要性をうたってみた。
2の「部下の成長意欲の喚起」では全部下に対する関わり方を、「機会を捉えた教育」では対象者や場面を選定して集中的な教育を行う責任を提示した。特に後者は、一番近くにいる管理者でなければできない教育だ。
最後に3では、教育対象項目の範囲を広げすぎず、仕事上の役割に要求される基本事項の習得とその応用力を育てることを表現した。
■OJTに対する教育スタッフの役割
OJTは教育スタッフが直接行える教育ではない。しかし、全社的にOJTに力を入れていくとしたら、その推進活動を主管していくのはやはり教育セクションとなるだろう。
具体的な取り組みとしては、管理者がOJTを進めやすいように、しくみやツールを提供していくことになる。しかし、その1つ1つは多くの労力を要する活動となり、ある程度のしくみがそろい、各職場でOJTが機能し始めるまでには数年という期間が必要になる。
そこで教育スタッフの役割としてまず重要になるのは、この地道で長期間にわたる取り組みを効率良く一貫性を持って進めることができるよう、全体の枠組みを整理していくことだと考える。そのための最初の作業が、本稿で紹介したOJTの基本的な考え方を整理することで、これこそ全社的な教育スタッフでないとできない作業だ。
考え方がまとまれば、それに従って全体のフレームを設計し、その後優先順位の高いものから1つずつしくみを準備し、導入していくことになる。
そこで次回は、OJTの全社的なフレームの設計の仕方について、もう少し具体的に触れてみたい。
「企業と人材」38/863号 より