【OJTを成功させる!第5回~目標管理制度と評価制度を活用したOJTの仕組み~】
<以下掲載内容>
【1.育成面接と目標による管理での試み】
■全社員を対象とした仕組み
今回は、目標管理制度や評価制度を活用したOJTの仕組みについてふれてみたい。当たり前の話だが、これらの制度は特定の階層だけでなく、ほぼ全社員を対象として導入されている。つまり、これらの制度をOJTに活用していけば、全社員を対象としたOJTの仕組みとなるわけだ。
各社の目標管理制度や評価制度を見ると、その目的として概ね人材育成や能力開発がうたわれている。多少は建て前で掲げた企業もあるだろうが、制度の検討段階では少なからず人材育成が意識されていたはずだ。
しかし、これらの制度を明確にOJTの仕組みと位置づけている企業はそれほど多くはない。また、制度の運用にあたって、目的である人材育成に力を入れて取り組んでいる企業も少ないように感じる。特に成果主義の人事制度の導入が進むと、人材育成という目的は二の次となってしまうようだ。
しかし、OJTに関して全社員を対象にできる仕組みとしては、これらの制度を活用するが合理的であることは変わらない。そこでまず、これらの制度がOJTという観点でどのような活用がなされてきたかを振り返り、そこから再構築するためのヒントを探っていきたい。
■職能資格制度における育成面接
職能資格制度が全盛だった時代は、能力開発が最上位の目的とされ、能力評価が非常に重視された。そして、能力評価のときに行う面談を「育成面接」と呼び、それが部下育成の場とされていた。
能力評価では、職能等級ごとの職能要件を絶対基準とし、その時点での本人の能力の保有状況を判定する。その評価を、評価者である上司と本人がそれぞれ行い、育成面接の中で突き合わせていく。
この過程がOJTという面でも有効だった。まず本人が自己評価を行うことは、自分自身への洞察を促す。また、評価を上司と突き合わせることで、能力に対する要求基準が明確になり、自分の評価を知ることが、成長へのフィードバックとなる。そして、この一連の過程を通じて、能力開発上の課題が明確になり、成長への動機づけにもつながった。
しかしながら、こういった面接評価には、実際の能力習得のための指導のプロセスまでは含まれていない。そのため、育成面接を通じて能力開発上の課題を確認できても、実際に習得する手段は別途に計画される必要があった。
■目標によるOJT
目標による管理をOJTの仕組みとして活用しようという考え方は、「目標によるOJT」とか「問題解決型のOJT」などと呼ばれた。
このOJTは、目標設定にあたり、上司が部下本人の能力開発に結びつくような仕事上の課題を投げ掛けることから始まる。課題を受け取った部下は、その課題についての現状を分析した上で、課題解決に結びつくような目標を掲げる。
現状に対し一段上の目標が設定されると、そこに問題が発生したことになる。こうして、目標達成を目指した業務遂行の過程は、問題解決のプロセスそのものとなる。このプロセスを上司が意図的に作り出すたがOJTそのものだとみなされた。
さて、目標を上司と合意できたら、達成プロセスは本人に委ねられる。上司は直接的な指示は控え、できるだけ独力で業務を遂行させる。そうすることが本人の問題解決力を向上させ、未開発の能力を開発することになると考えられた。
もちろん、期中にも必要に応じた指導は行うし、評価の面談でも振り返りの指導を行うことで、OJTとしてのより高い効果をねらっていた。
■理論の限界と理想の後退
これら2つのOJTは理論的には優れていたものの、それほど多くの企業には浸透しなかった。その背景には、評価制度や目標管理制度自体の欠陥もあった。
能力評価では、基準となる職能要件書が本人の職務と乖離しがちで評価自体が難しく、そこから能力開発上の課題を導くこともうまくいかなかった。目標管理では、目標を低く押さえたほうが評価で有利になる傾向があり、能力向上を必要としない目標が多くなってしまった。
また、評価に相対分布規制が設けられているケースも多く、それが仕事の結果や能力の適正な判定をゆがめ、能力開発のためのまともな対話をしづらくしてしまった。
一方、これらの制度をOJTにも活用するには、管理者に高度なマネジメント能力が要求された。しかし上述した制度面の欠陥もあり、管理者が理論通りにOJTとして活用するのは容易ではなかった。
成果主義の人事制度が主流になると、業績評価のウエイトが高まり、業績評価による処遇格差が大きくなる。それにつれ、これらの制度においても育成より評価結果そのものへの関心がますます強くなった。そのため管理者は、目標設定や評価において何とか部下と合意を取るだけで精一杯となり、それ以上の要求はしづらくなっていった。
こうして、これらの制度の目的が人材育成にあるという理想も、あまり強調されなくなってしまった。
【2.OJTの機能の再構築】
■成果主義の人事制度のモデル
本稿では、全社員を対象としたOJTの仕組みとして、人事制度を活用していく方法を改めて検討してみたい。そこでまず、前提となる今日の成果主義の人事制度のポイントを確認しておくことにする。もちろん、各社の制度は多様化する傾向にあるため当てはまらない企業もあるとは思うが、ここでは一般的なモデルを提示する。
成果主義は、成果に応じて処遇を決定しようとする考え方だ。それにより、全社員を成果をあげることに向けて動機づけることをねらっている。
成果を目指す仕組みには目標管理制度が採用されており、成果を測る仕組みとして業績評価が重視されている。
成果は、環境要因などの諸条件の影響も受けるため、再現性を高めていくために成果をもたらす要因も評価の対象とされていることが多い。その評価対象としては、保有能力より成果に近い要因として、発揮された能力、すなわり成果を目指す過程での行動に着目した評価が加えられる。このような評価は、プロセス評価、行動評価、役割評価、あるいはコンピテンシー評価などと呼ばれている。
■人事制度へのOJTの取り込み
次に、上述したような人事制度に、OJTの仕組みを組み込んでいく方法を考えてみたい。
成果主義のもとでは、成果を目指すことが重要であり、その手段として目標管理が位置づけられているため、OJTの仕組みも目標管理に対応させたものとする。
まずOJTの対象期間は、目標管理にあわせて半期、または通期となる。また、OJTで開発対象とする能力は、成果をあげるための「行動的能力」とする。
これは、より成果に近いレベルに焦点をあてようという意図もあるが、職能要件書が作られなくなると、各階層に要求される個別具体的なスキルが提示されていないことも背景にある。
さて、目標設定においても、能力開発に関する目標は掲げず、あくまで仕事上の目標のみを設定するようにする。ここで管理者の役割がポイントとなる。管理者は、仕事上での成果を目指すことで意図している行動面の開発が進むように、部下の目標設定を指導しなければOJTが成立しない。
業績評価においては仕事の成果だけを評価する。そのかわり行動面の評価で、仕事に取り組んだ結果として意図した行動がレベルアップしたかどうかをきちんと評価するようにする。
■開発対象とする能力について
開発対象とする能力は「行動的能力」だと上述したが、やや抽象的で、開発手段がイメージしづらいので、もう少し具体的に例示しておきたい。
まず職務遂行のレベルに照らすと、現在の担当職務を自分で的確に判断しながら遂行できるようになる、その職務で成果をあげるためのポイントとなる過程を独力でこなせるようになる、新たな職務を遂行できるようになる、などとなる。
またもう少し焦点を絞って、まとまった課題を独力で遂行できる、問題を積極的に捉えて解決できる、部署外の関係者と折衝し調整できる、メンバー数名とチームを編成して課題達成に取り組める、などでもいい。
あるいは、仕事への取り組み姿勢、課題の探求の仕方や目標への執着心、周囲への配慮と気配り、自発性や協調性といった態度面に焦点を当ててもよい。
ここでいう「行動的能力」とは、個別的なスキルを束ねた総合的な能力であり、個々のスキルの活用の仕方と捉えることもできる。
■成長につなげるためのポイント
「行動的能力」の開発は、数回の講習とか数日間の反復訓練などで実現できるものではない。
仕事を通じていろいろな経験を積み上げながら、数年という期間を要してしまう。その過程では、要素となる幅広い知識やスキルも習得していく必要もある。またそれらは、これとこれを学習すれば大丈夫という定義も難しいため、自分でどん欲に探求型の学習を行っていかなければならない。
こういう学習プロセスを効率良く行うために目標管理のサイクルを活用する。特に、本人が高い意欲を保った状態で、繰り返し目標管理のサイクルを回していくことが、長期的な成長を促す上で重要なポイントとなる。この意欲の維持という面で、管理者側の関わり方が重要になってくる。
しかしながら、今日各社で導入されている目標管理制度は、業績評価の公平性を確保するために、目標設定の基準や手続きがかなり複雑なものとなっている。その上に高度なコーチングのテクニックを管理者に要求しても実践は難しい。
そこでOJTのために管理者に要求する部分は、できるだけシンプルにして提示したい。その工夫例をいくつか次節で紹介する。
【3.管理者の指導の仕方のポイント】
■目標設定の3割ルールと再チャレンジルール
新たな能力の開発を促すには、能力以上に高い目標か、新しいことに挑戦させるのが効果的だ。それによって未開発の能力を使う必要が発生するからだ。
そこでOJTの観点からは、次のようなルールを設けてみる。まずは「3割ルール」で、前回の目標をほぼクリアできた場合には、最低3割は課題や役割を変更するものだ。管理者が課題や役割を3割変更しようとすると、自然と次に習得させたい能力は何かを意識するようになるという効果がある。
また管理者は、自部署の目標を達成しようとすると、うまくいっている部下の役割を変えずに目標のレベルアップだけを要求する傾向がある。そうなると部下は新たな経験が積めなくなってしまうばかりか、目標達成をほどほどのところで留めてしまうようになる。3割ルールは、これを回避するためにも効果的だ。
逆に前回目標をクリアできなかった部下には「再チャレンジルール」を適用する。目標が達成できなかったということは、諸事情があるにせよ、期待した成長を実現できたとはみなせない。そこでもう一度同じ項目で同じ高さ目標にチャレンジさせ、今度はうまくやるための工夫を引き出していく。
特に、他責的な態度をとる傾向のある部下には、目標を言い訳ができないレベルまで下げさせ、逃げ道を与えず確実に達成させるようにする。
■期中における50%ルール
目標管理では、期中の目標達成プロセスはできるだけ本人に任せることが原則とされている。任せることによって意欲や責任感も増大し、創意工夫を行うようになるためだ。
しかし、任せたからといって全ての部下がうまくいくとは限らない。中には支援が必要と思われる場面もあるし、放置しすぎると自部署の目標が達成できなくなってしまうこともある。逆に、介入が早すぎたり支援しすぎたりすると、部下本人の意欲をそぎ、依頼心だけを育ててしまう。
この期中の部下への関わり方は、管理者なら誰もが悩み、誰もが失敗を経験するところのようだ。
そこで、期中の支援の仕方として「50%ルール」を持ち込んでみる。これは支援が必要と思ったときは半分まで、教えてあげたいと思ったときも半分までというルールだ。
これによりある程度の支援は行うものの、最後は自分で答を見つけ、自分自身で決着させるという、成長において一番重要な部分を確保していく。
全てのケースがこれでうまくいくとは限らないが、部下の個々の状況を分析してそれに対応した支援をするように求めるより、うまくいく確率は高いはずだ。
■評価における本人中心のルール
評価の段階では、やはり制度上の制約が多く、また矛盾も少なくない。しかし、評価制度で要求されることは、避けるわけにはいかない。
そこで、評価の段階では制度上の人事評価とは別に「本人中心のルール」を持ち込む。まず、目標の達成や未達の原因分析において、「自分はどうだったか」を必ず考えさせるようにする。実際には環境要因などいろいろな原因があるとは思えるが、それらを認めた上で、自分自身の能力の問題、工夫の問題、努力の問題などもあげさせる。これを必ず本人の口から述べさせるようにし、原因を自分自身に帰属させていく。これがその後の成長の糧となる。
評価においては、前回と今回、あるいは前年と今年の自分を比較した評価をさせる。これは上司からも評価するようにし、特に良かった点、伸びた部分を中心にフィードバックしてやるようにする。
これらにより自分自身の成長を実感させ、自分の努力と工夫次第で次はもっとやれるはずだという自己の可能性に対する期待感を育てていく。
評価が終わればまた次の目標設定を行うわけだが、このサイクルを通じて意欲が高く保たれているようにすることが、OJTを成功させるポイントとなる。それには、目標全体では高評価が得られるようにしつつも、個々の目標を見ると達成できたものと未達だったものが混在するように目標を作らせるのが望ましい。また、そういった目標設定を本人に自己決定させることも、意欲を持続させるために重要となる。そういう目標設定ができるように、情報提供や問題の提示などの仕込みも、評価の段階で行っておくこようにする。
■相対分布規制について
最後に、多くの企業で意欲を低下させる原因となっている評価の「相対分布規制」について触れておきたい。相対分布規制を行っている企業では、目標達成に向けて本人が頑張った結果と実際の評価の結果にズレが生じやすくなる。
このズレを本人が受入れることができないと、「頑張っても無駄」という意識が芽生え、ここまで記述してきたような意欲を維持するサイクルが途切れてしまう。
相対分布規制を採用している企業では、賞与や昇給原資に限りがあるため、この規制が不可欠だという説明がされることが多いようだ。しかし、相対分布規制を行わなくても原資を一定に保つ方法が幾通りも考えられるので、賃金制度担当者にはぜひ研究を進めてほしい。
しかし、制度自体はすぐに変更できるとは限らない。そこで管理者は、部下の関心を短期的な報酬ではなく、自分自身の成長と仕事自体の面白さに向かわせることが肝心となる。
成果主義の人事制度では、会社自体が成長しない限り、一定のパイをみんなで分けあっているに過ぎない。短期的な損得で立ち止まらず、努力を継続し、成果をあげてみんなで会社を成長させていくこと。それが長期的には最善の方策だということも、部下に教える重要な項目だと思える。
「企業と人材」38/868号 より