心ある人は、わかりやすいマニュアルを作ることに腐心されることでしょう。しかしもっと大事なのは 『 わかりづらいマニュアルを作らないこと』のように思います。どうも気軽にマニュアル類を作りすぎるのではないか......、と、そんな気がするのです。「社内モノだから、これでいいんだ」という言葉をよく耳にしますが、その結果として『 わかりづらいマニュアル 』 を作ってしまったとしたら、その弊害は少なくありません。
わかりづらいことによるコスト
"わかりづらいマニュアル"は想像以上のコミュニケーションコストをもたらします。
情報が正しく速やかに伝わらないことによって、どれだけの損失が発生するかを考えてみてください。
仮に100人の従業員が毎日10分のロスをしていたとしたら、その人件費はどれほどでしょう。そして、わかりづらいがために現場でミスが多発しているとしたら......。あるいは、教育やサポートに多くの人員と時間を要したとしたら......。それらにかかる時間とコスト、そしてその間の機会損失はどれほどでしょう。制作コストをかけない工夫も結構ですが、むしろコミュニケーションコストに目を向けるべきかと思います。
*教育については、以下も参照ください。
わかりづらいことによる不公平
"わかりづらいマニュアル"は社内に"不公平"をもたらします。
例えば能力開発制度や福利厚生制度、退職金制度などは、さしせまった必要性はなくても、従業員の生活に大きく関わるものです。これらが、一部の人にしか理解されないまま済まされていることがあります。危険なことです。
マニュアル制作に携わるような人は、文書に触れる機会が多い職種の人かと思います。専門的な用語にも慣れ親しんでいるかもしれません。しかし、そうでない職種の人もいます。またマニュアルをデスクでじっくり見ることが許される職種とそうでない職種があります。
各人がマニュアルの内容を理解した上で生じる差はともかく、理解そのものに差がつくものを作るべきではないでしょう。
いかがでしょう。
一番の弊害は、わかりづらいマニュアルに慣れてしまって、以上のようなコストや不公平に気づかなくなることかもしれません。
"とりあえず"作ってしまう前に、作ったがための功罪に思いを巡らせることも必要ではないでしょうか。
author:上村典子