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社員会

更新 2015.10.05(作成 2015.10.05)

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第7章 新生 74.社員会

社員会方式のガバナンスなんて、余程会社が社員に容喙しない限り上手くいくはずがない。そのコストをかけても会社に旨みがあるのであろう。
“そもそも民主主義の今時、組合を認めない会社なんてあるのか。時代錯誤も甚だしい”
平田の素直な感想である。
しかもつい直近まで、女子社員は結婚したら退職しなければならない、という規定があったというのである。さすがに合併を前に削除されたらしいが、長年叩き込まれた因循はトラウマとなり今でも女性社員は結婚して在職し続けることに後ろめたさを覚えるらしい。
平田は理解に苦しんだ。
昔は組合もあったらしいのだが、人事部長によると自然消滅したということだった。だが、平田がある一部の分別のありそうな社員から聞いたところによるとその実情は大きく違っていた。
なぜ組合が消滅し、社員会運営になったのか。その背景にあるのが親会社の『三尊主義』経営思想にあるようだ。その流れを近畿フーズも汲んでいた。
三尊主義とは、「国を尊び、仕事を尊び、人を尊ぶ」というもので、社員もこれに倣わなければ社員ではないというのである。
「会社は国も仕事も人も尊び愛しているので組合なんて不要だ。自分たちの権利ばかりを主張する左掛かった組合なんて不要だ」と最初から認めなかった。
それでも2、3の事業所を母体に自然発生的に労働組合は生まれた。
2人以上のメンバーを会社に届け出て、所要用件を満たせばもはや立派な労働組合である。会社も無視できない。
しかし、会社は三尊主義の経営思想の下、組合との信頼関係を積極的に構築することもなく、また企業内組合として立派に育てることもしなかった。そればかりか組合関係者に露骨な配置転換をかけたり、対抗組織として会社主導の社員会なるものを作り社員の代表組織として扱う運営を行い、労働組合をないがしろにする政策を続けた。明らかな不当労働行為だが、未熟な組合に対抗する力はなかった。
社員を尊ぶというなら社員の代表である労働組合をなぜ尊重しない。素直な疑問だ。均等法施行から5年も経つ今、女性社員だけ辞めさせるなんて差別も甚だしい。そればかりか、組合の自主的活動による要求にも、「こんなとんでもない要求をしてくるのが組合だ。組合とは非常識で会社をダメにする存在である」と、殊更対立軸を際立たせたネガティブキャンペーンを繰り広げた。
居たたまれなくなった組合員は1人去り2人去りし、数年の内についには全組合員が辞めて行く状況に追い込んだ、というのが実情のようだ。
一方社員会は、代表や委員の選定から協議会での資料作成、シナリオ作り、結論まで全て協議会事務局である人事部のお膳立てで運営されている。社員会は全てを会社に任せ、会社に都合のいい結論を演出するための茶番を協議会という舞台で演じているだけにすぎない。つまり社員収攬の会社業務そのものなのだ。いわば会社の委員会組織の一つに過ぎないのである。
それなのになぜか専任の事務局員がいる。かれこれ定年も近いかなと思われる強面の男性社員が1人常時待機している。
彼の仕事は情報収集だ。どこそこの事業所で怪しい言動が見受けられたとか、社員がなにか不祥事を起こしたとかすれば彼は飛んで行き、情報を収集し担当役員に報告するのが仕事である。いわゆる監視役だ。社員は皆彼を恐れた。どこで、誰が何を彼に吹き込むかわからない。お互いに疑心暗鬼に陥り、口をつぐむ。ごく近隣のどこかの国家に似ている。恐怖政治である。
自主独立の組織ではないから財政的基盤もない。運営費も事務費も、もちろん全て会社が負担している。旅費も日当も会社の旅費で処理される。前出の事務局員の人件費も会社負担である。会社の業務だから当然と言えば当然だが、自立という点で遠く組合に似て非なるものだ。
社員代表の委員は、意見は言うが責任はない。会社のシナリオ通りに結論が導かれ、会議で決まったことは会社組織を通じて周知されるだけだ。ならば上司である協議会運営責任者の人事部長に本気で反対意見など言えるわけがない。会社との対立は、そこは労組の二の舞はしたくないという忌避思考が本能的に働く。サラリーマンとしての保身心理を働かさなくては生きていけないのだ。今に至っても労組問題はタブーだ。彼らはこの呪縛にかかっている。
もちろん中には健全な精神の持ち主もいる。だが、彼らはそれを表には出さない。出してはいけないことを知っている。その心をじっと潜めていた。
彼らはけして会社や上司に逆らわない。会議の席でも上司が違うことを言えば、それまで熱く語っていた持論をグッと呑み込み貝のように口をつぐんでしまう。上位下達が徹底している。下位者の意見の吸い上げなんてありえない。中国食品とは真反対だ。融合できるわけがない。
こうした組織を支えてきたもう一つの仕組みが業績配分制度である。
「これだけ頑張ってこれだけ利益を出せばこれだけ賞与を出します」という仕組みだ。業績も良かったから上手く機能した。月例賃金も相場よりかなり高かった。だから「文句を言わず会社の言うとおりにしろ。そうすれば業績も上がるし高給がもらえる」と会社は社員をためにした。社員の幸せは金だけであると決めつけている。経営は利益が上がれば全てがハッピーだから社員のことも金銭論に巻き込んで片づけようとする。やりがいや働きがいも金銭で片が付くと決めつけている。
しかし、社員は違う。自己実現の場であったり、人間形成の道場であったり、自己主張の舞台であったり、自由で楽しく明るい職場を求める者もいるだろう。しかしこの会社では、利益、賃金以外の働く意義は全て否定されている。夢や希望も、喜びや感動も、凡そ人間が生きる証しとして希求する自然な精神活動が金だけで片づけられているのだ。まるで砂漠のようである。
社員への過度なお節介は、社員の自立と成長を蝕む最大の敵だ。
出先の事業所には、「お前たちは本社の言う通りにしておればいいのだ」と押さえつけてしまい、異議異論を挟もうものなら即転勤が待っていた。衆愚政冶そのものである。
社員は高額な処遇の見返りとして、息が詰まるような窮屈さや不自由さを我慢し、ただ会社の言うがままに黙々と働くことを強いられた。こうして専制君主の組織が出来上がった。
社員は自分の意思や考えを殺す習慣が身に沁み込み、自ら考え、決断し、行動することを止めてしまった。平田の脳裏に「社畜」という文字が思い浮かんだ。
合併という重大局面で、自分らの立場を捨て大所高所からどういう会社であるべきかなど責任ある判断をする経験は積んでいない。代表も会社が選定するような社員会に主体的判断力や社員に対する責任能力は培われなかった。
一方、中国食品側でも労働組合が一緒になることに難色を示した。

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