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合併準備委員会

更新 2015.09.25(作成 2015.09.25)

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第7章 新生 73.合併準備委員会

9月の中ごろである。M銀行からの企業価値算定の報告がなされ、近畿フーズと中国食品との間で合併比率も合意された。あとはステークホールダーの同意を得るだけであったが、それも間もなく了承された。
平成12年9月22日(金)。この報告を踏まえて近畿フーズと中国食品の両社長は最後の会合を開いた。
「さて、それではこれで全ての課題がクリアされました。残る課題は合併合意書に締結するだけとなりました」
近畿フーズの社長の投げかけに中国食品社長の竹之内が応じた。
「いつ調印するかですが、今後のスケジュールを考えますと来週の28日締結、翌29日発表というのが最善かと考えます」
「と仰いますと」
「こういう重要事項の発表は休日の前にするのが市場の習わしのようですが、仮に記者会見を一番早い場合で本日。しかしこれではいかにも準備が出来ませんので来週の29日金曜日としますと今日の日付では1週間も秘匿していたのかとなりますので合併日付も前日の28日が最善かと考えます」
「なるほど。それはごもっともです。じゃが、せっかく合意できたのに1週間も先延ばしするのはもったいない気がしますな。それにまたわざわざ大阪までお出でいただかねばなりません」
近畿フーズの社長は納得はしたものの、早く済ませたい様子だった。
「もう全ての条件は整っております。ここは大事の前、発表の準備などして我慢いたしましょう」
平成12年9月28日合併合意書が締結され、翌日の午後3時30分大阪証券取引所で記者会見が行われた。
発表が過ぎると、各セクションで合併準備委員会が立ち上がった。
人事労務関係でも「人事労務合併準備委員会」が立ち上がり、合併後の社員たちの処遇のあり方を決める協議が始まった。ただ、人事労務関係は事が重大かつ難題であることから、凡そ1月ほど前から予備折衝の形で制度統合への協議を始めていた。
中国食品側のメンバーは人事部長の椿、平田、人事課長の柴田、人事システムや採用などを担当している係長の島田の4人である。それぞれ誓約書を新田に預けて秘守を誓っている。
近畿フーズもほぼ同様の陣容で臨んできた。
だが、平田以外の3人はすっかり腰が引けて縮こまってしまっている。何をどうしたらいいのか。失敗したらどうしょう。そんなことばかりが気になってしょうがないようだ。勢い平田がリードしていかざるを得ず、会議のセッティングなどは全て平田が整えた。
“どうせみんな初めてだ。目的だけはハッキリしているのだから、どこから手をつけても行き着くときには行き着くさ。失敗したら戻ればいい”それが平田の考えだ。開き直ってやるしかないのだ。
会議は中国食品と近畿フーズで交互に受け持つことになった。
最初は中国食品が受け持ちである。
「まずこの委員会の基本方針から確認していきましょう」
平田は最初の会合で「人事労務合併準備委員会」が何を成すべきなのかを確認することから話し合うことにした。
「いいでしょう」相手も了承した。
慣れない相手と慣れない会合で委員会の空気は重苦しいものがあった。相手を飲もうとする者と飲まれまいとする者と、疑心暗鬼の探り合いの中での交渉だ。
特に人事労務問題は結果が直接社員全員に、そして会社業績にも大きく影響を与える問題だから、軽々に結論付けるわけにはいかない。しかも制度統一のための予算などはありはしないのだ。合併をするということは、なにがしかの合理化含みであることを本質として内包している。それによって業績の向上を狙っている。それが逆に移行措置などというものが発生すればコストUPとなりすなわち業績に影響する。決して許されない。
「まず、私たちの役割は統合後の人事労務関係のシステムを作ることだと思いますが、それでよろしいですか」
「うん。それは間違いないでしょう。そのための委員会です」
近畿フーズ側も納得した。
「次に、人事の仕組み、システムを作るとしてそれは統一するのか、それとも別々でいくのかということになりますが、どうしますか」
「当面は別々でしょう。格差もあるようだし一気に埋めるのは難しいと思います」
近畿フーズは、賞与の業績配分方式をとっており、合併前の2社の合計業績より下がれば賞与が減る理屈である。
しかし、一度別々の道を歩めば統一することは遥かに遠のいてしまう。別々の制度で住み慣れた制度の居心地の良さに安住し、統一の努力と苦労することを忘れてしまう。
別々ということは全てにダブルスタンダードで運用しなければならないということであり、運用コストの負担と人心の融和が図れずあらゆる面で対立軸が生じる。その解消に多大の労力と時間が必要となる。
合併で一番難しいのが文化や企業風土の融和であると言われている。業務プロセスや人事制度の統一が難しいのは、それら仕組みのロジックが最も融和が難しい企業文化や風土に根ざしているからである。
仕事というのは、テクニカルなロジックだけを理解してもそれは仕事を理解したことにはならない。どんな仕事にも歴史があり、なぜこうしたのかという考えや哲学が刻まれている。だから簡単に新しい仕組みに乗り換えるということが難しいのだ。
ただ、業務プロセスは効率という経済的合理性を基軸に妥協点を見出すことができないこともない。人事制度も社員のやる気だとか幸福感などを基軸に考えられなくもないが、いずれも曖昧模糊としたもので確たる基準になりにくい。仮にしたとしても、「いや、こちらのほうがやる気が起きる」と主張されればそれ自体が価値観によるものだからやはり基準にはなりにくい。そこが人事制度統一の難しさだ。
「『対等合併、会社は一つ』と会社も言っています。処遇の在り方も一つでないと可笑しいでしょう」
「しかし、水準は随分違うでしょう。それを一気に埋めることは土台無理です。特に私どもでは賞与の業績配分方式をとっておりますから、業績が下がるような統合の仕方はできないのです」
さらに根深い問題がある。近畿フーズには労組がない。一昔前にはあったのだが、会社がつぶしてしまった。その代わり会社が社員会を作り、お手盛りの協議会で労務交渉紛いのお為ごかしをさももっともらしく演出してみせることで社員を懐柔してきた。ただそれも、これまでは業績が良かったから維持できた仕組みだが、業績に陰りが見え始め下降気味になると徐々に綻びが露呈し始めている。
この社員会は、中国食品の労働組合との二元運用となりその後の融合の大きな足枷となった。その裏には、会社もこれまでの社員への面子があるから簡単に止められないという事情があった。

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