更新 2015.02.13(作成 2015.02.13)
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第7章 新生 51.大変なこと
「そこでだ。この金を一時金で一括で受け取るのじゃなく、年金形式で受け取れる方式にならないか。毎月一定の額が本人の口座に振り込まれるような方式を考えてやってくれんかな。もちろん本人の選択だ」
「しかし、法的にはそんな制度はありませんが」
「そんなことはわかっている。あくまでも現行のあらゆる仕組みを駆使しての工夫だ」
「はぁ……。だけど会社は一括で拠出するんですよね」
「そうだ。それを上手く加工するんだよ」
「そうですか。できますかね」
平田には全く雲を掴むような話だった。
「一度、いろんな金融機関に当たってみな。ダメならしょうがない。だけど俺は社員のためになんとかいい方法を考えてやりたいんだよ。手切れ金を払ってハイそれまでよ、じゃなくて、社員が会社は良くしてくれたと思うような制度にしたいんだよ。会社が月々分割で支払うわけにはいかんだろ」
「籍のない者に払うわけにはいきませんからね。それに経費で落とすためには、一括で払うか法の許す範囲でどこかに信託するかして会社の資産から切り離さなければなりませんがそんな法はありません」
「うん。だから工夫がいるんだよ」
「わかりました。考えてみます」
平田は渋々引き受けた。
「うん。どこかに当たって何とかやってみな」
この時平田には新田の要求に応える知見は何一つなく、アイデアも思いつかなかった。企業年金法にもこんな制度はないし、と出来ない理由ばかりが思い浮んでいた。
人間やる気に満ち、成し遂げる価値を見つけたときはどんな困難もどうやって克服するか、どうやってやり遂げるかと必死で考えるが、気持ちが入らなかったり、その価値が見いだせない時というのは、出来ない理由、やらなくていい理屈ばかり考え付くもので、この時の平田も忙しさと新田の要求が突飛に思えて何が何でもという覇気が湧かなかった。
「それからだな。ここまでの考えを組合に根回ししておいてくれ。そして、組合がこれでOKするかどうか感触を教えてくれ」
「はい。わかりました」
「今日のところはこれくらいだな。また何かあったら言うから。ご苦労さん」
席に戻った平田は、頭の後ろで手を組み暫く目をつぶった。
銀行に当たれと言っても人事が直接関わり合っているのは年金運用を信託している信託銀行と生保、それと財形制度の受け皿である銀行が数社あるが日頃はほとんど交流はない。どんな手法があるのだろうか。
そんなことをあれこれ思いめぐらし、早速数社に来てもらうようアポを手配し、最後に組合に電話を入れた。
「退職金のこれまでのところを説明したいのですが、まずその前に資料に目を通しておいてもらいたんですよ。メールボックスに入れておくので読んでおいてくれませんか」
「いいよ。いつ説明するの」
「早いほうがいいと思うんだけど、都合はどう」
「明日でもいいよ」
「わかった。それじゃ、明日の2時に組合事務所でどうですか」
「うん。わかった」
平田は、先ほど新田と打ち合わせた勤続別支給係数の挿入を修正して、資料をメールボックスに投函した。
「ヒーさん。遂に出来たね。だけど、すごい思い切ったね」
委員長の坂本は驚きの声で持ち上げるように言った。
「うん。皆さんの意見やら会社のニーズ、社員のニーズを聞いているとこれしかありません」
平田は久し振りの坂本との対峙と、思い切ったねという言葉に組合の反発を予想して少し硬くなった。
「これが最終形ですか」
「いや、これは根回し用のたたき台です。これから役員会にかかり、その後厚生省の許認可審査があって、それが通れば決定です。ただ、その前に考え方を理解してもらっておこうということです。そうしないと前に進めません」
役員会は通った。厚生省も認可が下りた。だが、組合が反対では話があべこべだ。まず、身内を固めておかなければならない。
「うん。そういうことやね。だけど随分思い切って切り下げたね」
「組合は難しいかね。これでも世間並だけどね。地場では上位の方だと思うよ。それに水準を下げたばっかりじゃなくて、随分と前倒しで積み上げるようにしたから社員にとっても大きなメリットだと思う」
「年金も下がるんやろ」
「うん。適年の10年間は確実に下がります。10年有期の適年を取り込んで17年保障にしたから薄く引き延ばしたことになります。しかも予定利率を5.5%から4.5%にしているから確実に下がります。そうせんと見直しの意味がないのよ。ただ、終身部分が増えているから長生きする人は総額で遜色のないものになると思う。長寿社会への備えです」
「年金を下げるということは、既に退職して年金をもらっている人も下がるんやろ」
「いや、そこはそのままです」
平田は意味を知っているだけに言いにくかった。
「それは片手落ちやろ。先にもらったもんが得というのじゃいかんのと違うかね。同じ年金制度なんやから、やはり皆で痛みを分かち合うようにせんと現役の者ばかりがしわ寄せを食うようになりますよ」
「うん、そうなんだけどね。それをやると大変なことになるんよ」
「どうなるん」
坂本は不可解な顔をして平田に向き直した。