更新 2015.02.05(作成 2015.02.05)
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第7章 新生 50.思い切り
「セカンドライフを3000万円にして、どれくらい出ると思うか」
「当て推量でしかありませんが、単純に額が3倍になったことですし応募者も3倍と考えますと30人前後でしょうか。まあ、今回は最初ですから弾みがついてもう少し多いかなと思っています」
「すると会社は10億くらい用意すればいいか」
「そうですね。募集枠を設けるかどうかです。30と決めてしまえば9億で済みますが、枠から外れた人に不公平感が残ります。それにこの措置は2、3年続けるとしても、打ち出しは今年限りということにしますと枠設定は難しいでしょう。ただ30名前後をメドとする、くらいの打ち出し方は要るでしょう」
「そうだな。この措置は制度として恒久化することはできないからな」
「この措置は今年限りです、枠は何名です、ってやったら社員はフラストレーションが溜まると思いますよ」
「その代わり応募は殺到するだろう」
「ですから優先順位を決める基準が難しくなります」
「先着順じゃダメか」
「例えば、用意ドンで一斉に受け付けたとしても電話が通じなかったとか、ファックスが使用中だったとか、やはり運不運が必ず起こります」
「うん」
「やはりここは枠を設けず、皆が冷静に自分の進路を考えて手を挙げてほしいと思います」
「そうか。それがこの制度のポリシーだな。それじゃどうする」
「そうですね。一旦全部受けて会社が責任をもって決める、とするしかないかと思います。4、5名のオーバーなら許容範囲でしょうがそれ以上の場合は、今回は枠をオーバーしましたからあなたは残ってくれと説得するしかないと思います」
「それこそ恣意性が出るだろう」
「いいじゃないですか。残ってほしい人に、頼むから残ってくれと頼むのですから会社の意思そのものです。辞めてくれというのは大問題ですが、残ってくれと言われたら悪い気はしないんじゃないでしょうか」
「それでも辞めると言ったらどうする」
「諦めましょう。例え力はあってもやる気がなければ結果は凡人と同じです。そんなにオーバーフローはしませんよ。彼らだって会社に見切りをつけたという烙印を押されるリスクを覚悟して手を挙げるわけですから、そんなに軽はずみに申し出はしないでしょう。自分の人生を掛けて、思い悩んだ末に慎重に真剣に、かつ覚悟と決意をもって手を挙げるのですから意思も固いでしょう。諦めましょう」
「逆に、引き留められなかった者は淋しくないか」
「淋しいようなら手を挙げちゃダメです。手を挙げて思い通りになるのですから喜ぶべきでしょう。逆に引き留めに負けた者こそ悲しむべきでしょう」
「よーし、わかった」
新田は、平田の思い切りに押し切られるようにヤケクソのような声を出した。
「それからだな。これまでに辞めていった者が30名くらいいるだろう。その後どのようにしているか追跡調査しているか」
「はい。追跡とまではいきませんが、7割方は把握しております」
「で、みんな何をしている」
「本当にいろいろです。一番多いのは、やはり地元で家業の農業を継いでいる者で10名くらいいます。これは親の高齢化とか他界によるものです。次は、高速道路のゲートでの料金係です。4名います。それから地元スーパーで駐車場の管理とか、外回りをしている者です。ユニークなのは郵便局の契約社員になっているのが2名います。自分で事業を起こした者も2名います。コーヒーの焙煎販売が1人と飲料メーカーのコーヒーを焙煎した後の豆カスを醗酵させて堆肥にする事業をしている者です。これは大成功のようで、年商数千万円になっているようです」
「景山くんだな」
新田も知っていた。
「はい。後は地元の鉄工所に入った者が1名います」
「これらは支援金1千万円の者たちだよな」
「はい。ですから堅実で質素に歩んでいるようです」
「今度は3千万円だろ。お前だったら3千万円もらったらどうする」
「そうですね。まず、残りのローンを完済して、どうせどこかに勤めるでしょうから後は貯金でもしておいて生活の足しにするんでしょうか。銀行とか証券会社に聞いて配当のいいところに分散投資ですね。貯金、債券、株の3分法ですね。国内は冴えませんから外国債券の高配当のところもいいですね」
「うん。お前みたいなのは贅沢さえ言わなければどこでもすぐに雇ってくれるだろうがな、皆がみんなそうではないからな」
新田はどことなく淋しそうな物言いをした。
「お前みたいにしっかりした者ばかりならいいんだがな、俺は心配なんだよ。持ちなれない大金をいきなりもらって生活を狂わせるんじゃないかと思ってな」
「……」
そこまで考えたこともなかった平田はなぜか可笑しかった。社員のことを考えるとはそこまで心配してやらなければならないのかと思うと、子供扱いするようで可笑しかった。