更新 2015.01.23(作成 2015.01.23)
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第7章 新生 49.まだ何か
「さて、いくつか質問がある」
新田は、平田が持ってきた新退職金制度案の説明をアンダーラインを引きながら一通り受けた後、ページを行ったり戻ったりしながら暫く考えていたが目を上げてそう言った。
「はい」
平田は座り直して背筋を伸ばした。
「この制度のコンセプトは何だ」
「はい。企業と個人の新しい関係です」
「うん」
新田は答えて先を催促した。
「つまり、これまでは一旦会社に入ると定年まで勤めることが前提でした。全ての制度、仕組みがそのように作られていて企業は個人を拘束し、個人は企業に依存してお互いに息苦しい関係でした。その最も顕著で象徴的なのが退職金制度です。それをフレキシブルな関係になるような仕組みにして、出て行く人にも、逆に中途で来る人にも軽やかにできるようにする制度です」
「それで勤続ではなく、実力に応じた資格と年齢ポイントだな」
新田は、提案された制度がこれまでの論議を踏襲した設計になっているか、自分の理解が間違っていないかを再確認するように独り言のように呟いた。
「はい」
ここは何度も議論したところであり何も問題はないはずだ。
しかし、新田は更に深く考えていた。
「これはこれでいいがだな」
言葉じりを強く言い切って、大きく息を吸った。
「例えば45才くらいの専門職をE1で雇ったとしよう。ところが組織に馴染まないと言って大した功績も残さないまま1年で辞めたとき、それでも130万円まるまる持っていくのかい。この案ではそうなるよな」
そう投げかけて、自分の計算を平田に確認した。
「はい。計算はそうなります」
「どうなんだ」
「ウーン。仰ることはわかります」
平田は腕を組み首を捻って唸った。
「つまりだな、長年経験してきたベテランの俺と一緒かよという感情に配慮しようじゃないかということよ。実力はあるとしても貢献という点では一定期間、組織に馴染むとか、人間関係を作るとか時間も要るだろう。新入社員でも一緒よ。1年や2年で会社の何たるやもわからんうちに辞めていったときそれは減額してもいいんじゃないか。勤続重視ということではなく実力を発揮するための準備期間だ。新制度のポリシーに反するとも思えんがな」
「なるほど。制度の精神云々じゃなくて生身の人間の納得感ですね。わかりました。それじゃ5年間だけ勤続年数別支給係数を設けましょう」
平田は勤続年数別支給係数を入れ込むことにした。
これでも、入社後3年間0の今の制度より余程いい。
「5年経てば満額支給されるがそれ以前では2割ずつ減額されるんだな」
「はい。言い換えれば減額係数ですね。これはどのゾーンでも一緒です」
「うん。その条項を1つ入れてくれ。それからだな、関係会社はどうした」
「はい。同じポイント表に当てはめますが、関係会社は資格が1階層少ないので資格制度において昇格に必要な滞留年数を少し長く設定しております。それと一般職、管理職どちらも最上階の資格が1つ少ないので一番デカイポイントの積み上げが適用になりません。ただ、年齢ポイントは同じですので相対的に年齢ポイントのウェイトが高くなります」
「どれくらいの差になるか」
「最終積み上げ時で1割弱くらいです」
平田は資料として添付しているシュミレーショングラフを見せながら説明した。
この頃には関係会社の人事制度も、藤井の奮闘があって2社ともほぼ完成していた。後は役員会資料やパンフレットの作成といった段階だ。ただ、規定の改定案の作成は関係会社自身がやらなければならず、そこまで藤井に頼ってはいけないのだが一方の会社で進まなかった。それには平田が手を貸した。そこは平田の役だ。
「うん。ちょうどいいくらいだな」
「はい。差があまり大きいと納得しないでしょうし、あまり差がないと関係会社の財政負担が大きくなります」
「うん。それからセカンドライフは関係会社はどうするんだ。適用するのか」
「いいえ。これはわが社のオプション制度です。出向者、派遣中の社員は籍がこちらにありますから対象になりますが、転籍した人、プロパー社員は対象外です」
「クレームが来ないか」
「それは大いにあると思います」
「どうする」
「まず、関係会社は関係会社で独自に制度を作ってもらいます。その際、社員のニーズが会社に届くと思うのですが、その強さで支援金の額が決まります。それは関係会社の判断です」
「しかし、関係会社はあまりたくさんの希望者が出たら会社が困るだろう」
「はい。ですから額はあまり大きくはならないと思います。それに私は、社員も本気かどうかわからないところがあります。本体にあって関係会社にはないという、なんとなく差別されたような気分で言っているだけのように思うんです。そんな調子ですから社員側もあまり大きな声で言っていると、引っ込みがつかなくなりますからあまり大きな声にはならないように思います。案外、額が少ないから手をあげられなくてホッとするんじゃないですかね。わが社の社員ほど本気ではないように思います」
「うん、そうか。よしわかった」
新田は平田の案を了承した。
「それでだな……」
“まだなにかあるのか”
新田はなかなか解放してくれなかった。