ナビゲートのロゴ
ナビゲート通信は主な更新情報をお届けするメールマガジンです。ご登録はこちらから。

下記はページ内を移動するためのリンクです。

現在位置

 ホーム > 正気堂々 > 目次INDEX > No.7-5

実態

更新 2013.11.05(作成 2013.11.05)

| ←BACK | INDEX | NEXT→ |

第7章 新生 5.実態

社長交替が既成事実となって役員たちの動きが慌しい。
戦略人事である以上、その狙いが確実に遂行されるような体制を確立しようと、障害となるあらゆるパワーの封印とその持ち主を排除する作用が働くのは自然の摂理である。特に上位の役付き役員は実力者であるだけにもろに標的とされる。
樋口の時はほとんどの役員がマル水からの派遣役員で、同族意識もあるし戦略上の理由もなかったため、手をつけ辛かった。
自然、樋口の課題はいかに自分流の体制を作るかに移り、そのチャンスの到来を待つしかなかった。樋口は辛抱強く待って不動産購入に絡むリベート疑惑を捉え、策謀した2常務を解任した。
今回ターゲットとなるのは、そのとき役付きになったプロパー役員である。竹之内にしてみればなんの因縁も誼もない。あるのは本体の戦略遂行のための体制をいかに作るかの思いだけである。
それだけに役員たちの動揺は今までになく増幅される。
殺生与奪は新社長である竹之内敏夫とマル水のトップが握っているが、マル水と繋がりのあるプロパー役員は1人も居ない。残れるのか、首になるのか、飛ばされるのか。不安はピークに達している。
すでに、役員たちの間に不穏な空気が漂っている。
これまで樋口色を一身に纏い、それをバックに肩で風を切っていた役員はその後ろ盾を失う。その反作用はいかに働くのか、戦々恐々として顔色がなかった。
逆に、上が空くだろうとトコロテン式繰り上げ人事を目論む役員や、生き残りをかけて顧問の部屋詣でを頻繁に繰り返す役員など、樋口の在役中であることも、また上役がまだいることも憚らないあざとい動きも目につく。
次期社長による新体制作りのための打診がすでに行われ、役員たちの心は千々に乱れていた。その荒れた空気を落ち着かせるための地ならしも陰で行われているのだ。
プロパー役員のサバイバルの行方はいよいよ風雲急を告げてきた。
中国食品は、明らかにこれまでとは異なる新たな歴史の1ページに導引されようとしているのだが、中国食品の新しい姿をデッサンし、そのための戦略を練り、この新しい歴史の創成を主体的に推進していけるのは、ほんの一握りの役員である。それ以外の役員は戦略を走らせるためのオペレーションギアに過ぎない。
本来、役員とは経営全般に精通し、企業の将来を見通し、日々起きるさまざまな出来事に対して今何をするべきか、的確な対処と将来への布石を打つことのできる見識を持つ経営のプロでなければならない。自分の得意分野の専門家ではないハズである。だから、役員会のどんな決議事項にも署名する。
だが実態は、自社内の特定分野にドップリとつかった老朽化したベテランといった程度の専門家がほとんどだ。しかも、その専門性も社外では通用しない自社独特のノウハウしか持ち合わせていないのが実態であろう。
中国食品でも役員とは名ばかりで、中国食品の第2ステージのビジョンを明確に描ききれる人材はそうそういなかった。自分の専門分野ですら怪しいものである。自ずとオペレーションギアに収まってしまう。
それでも、中国食品がなんとかここまで来たのは、一人の秀でたリーダーと親会社という絶対的権力のガバナンスが機能してきたからである。
今、その人と機構が一新され、新しい歴史が展開されようとしている。そこに隠された狙いと戦略は?全ては新しいトップの胸の中である。
樋口の様子はいつもと変わらない泰然自若としていた。赤字に苦しんでいた中国食品を建て直し、10年にわたって経営してきたという自負とその成果に対する揺るぎない自信がそうさせていた。
ただその表情は、もう自分の役割は終わり次の世代に引き継がなければならない新しい時代の到来を悟っているようだ。
解任された役員ほどつぶしの利かないものはない。特技なし、専門性なし、創造性なし、カリスマ性なし、経営理論や経営哲学はさらになし。あるのはトップへの忠誠心とそれを背にした権威主義だけというのでは使いようがない。
識見、人望に欠け、政策立案能力がなければどこも雇ってくれない。だから必死で権力者に媚び諂うしかない。
会長の樋口や社長の大西はもう60の齢を過ぎており、これから顧問料や相談役の手当をもらいながら、高額の役員退職金と年金でどうとでも生計を立てていくことができるが、若い役員は気が気ではない。
中には、「私は今まで貴方に尽くしてきたじゃないですか。生き残れるように、なんとかしてくださいよ」と、最後まで樋口にすがりつく姿もある。
旗幟を鮮明にしすぎたサラリーマン人生は、盟主がその座を降りる時、命運を共にする宿命にある。

4階の常務室に竹之内が「お邪魔してもいいかな」とふらりとやってきた。
後ろ手にドアを閉め、会議用のテーブルに勝手に座った。
会議用のテーブルは窓を背にして座ると、新田の執務デスクと真正面に座る格好になる。
新田は机を離れ慌ててテーブルの対面に着いた。
竹之内は、「新田さん。廿日市の吉和に休止している造り酒屋があるそうです。それを手に入れてもらえませんか」と、いきなり切り出してきた。
短いが重大な意味を持つ一言だ。
“樋口が以前から調べさせていた件だな”新田はピンときた。
“舞台を回転させるための羽根車なのか”新田は樋口から引き継いだのであろうと推量した。

「正気堂々」についてご意見をお聞かせください

▲このページの先頭へ

お問い合わせ・ご連絡先
Copyright © 1999 - Navigate, Inc. All Rights Reserved.