更新 2016.06.16(作成 2014.09.12)
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第7章 新生 36.大手証券破綻
次から次へと金融機関が破綻し、とりわけ4大証券の一角だった山一証券の自主廃業というショッキングな出来事は、日本の将来に暗い影と不安を残して1997年は暮れた。
山一証券は、中国食品のメインバンクであるF銀行とも緊密な関係にあり、山一はF銀行にも救済を申し込んだ。ところがこの時期、銀行、証券、保険など、どの金融機関も巨額の不良債権や含み損を抱えており、他社を救済する余力はほとんどなかった。
F銀行も例外ではなく、自身の不良債権処理で体力を消耗していたし、グループ傘下のF信託銀行を救済しなければならないということもありF銀行は山一にまで手が回らなかった。
この山一の破綻原因も主には、いわゆる「飛ばし」と言われる簿外損失が膨らんだことが根本にある。
他の大手証券や金融機関も程度の差はあれ含み損や飛ばしの隠れ債務は公然の秘密であって、週刊誌等のマスコミによって相次いでスクープされている。
問題はそれらの処理の仕方である。
彼らは表面化したことで否応なく清算を迫られ、多額の賠償金を支払った。大和や山種では社長や会長が辞任し,それなりにけじめをつけた。
しかし、山一は客とのトラブルを恐れ、問題を先送りすることを選んだ。その決断の遅れが最悪の事態へと繋がった。
そもそもこうした損失を抱えることになった原因は、単に相場が下落したり金融市場が冷え切ったからだけではない。従前から行われていた一任勘定や、一任勘定禁止後に行われたいわゆる「にぎり特金」と言われる利回りを約束する契約方法で財テク資金を獲得していく証券会社特有の営業姿勢にあった。
株価が右肩上がりの時は上手く回転させることで手数料は稼ぎ放題だったが、一度歯車が逆回転を始めると利回り保証のための損失は一気に膨らんでいった。
以前なら護送船団方式の公的資金の助けを受け、じっと市場の好転を待ったのであろうが、相次ぐ金融機関の破綻とアジア通貨危機などで金融市場は冷え切り、政府からの公的支援も明日は我が身と身構える金融機関からも十分な資金援助が受けられず、結局自主廃業という道を選ばざるを得なかった。
山一は1960年代にも同様の状況に陥ったことがある。その時は各方面からの資金援助で何とか危機を凌いだが、その後も経営体質の刷新はできなかった。そのことが今回の危機に対し公的資金の投入に二の足を踏ませた一因であると言われている。
他にも日本長期信用銀行(現、新生銀行)、日本債券信用銀行(現、あおぞら銀行)、日本リースのようなノンバンクなど多くの金融機関が破綻し、日本中が金融危機の真っ只中にあった。
金融機関だけではない。一般企業にも次々と倒産するところが続き、どの企業もじっと身を屈め不況の嵐が吹き去るのを待った。
若者は就職難に見舞われ将来への希望を見い出せず、巷間言われる失われた10年は陰の極みに達していたが、それでも山一の社員はその専門性と高いスキルを買われ高い確率で再就職していった。特にメリルリンチは、自身の日本市場での戦略とも相まって大量に受け入れた。
何か高い専門性を持つことはビジネスマンにとっては強い武器になるということだろう。技術でも知識でも趣味でもいい。何か一つ人より秀でたものを身に付けるといいだろう。たちまちは社内で1番になることである。きっと出番がある。
1998年が明けた早々、平田は組合の坂本委員長から呼び出された。
退職金のことについては、賞与交渉などでオフィシャルには開示してあるが坂本はもっと深層のところを知りたいのであろう。「たまには顔を見せに来んさい」と呼び出された。
何も問題がなく、単純に友好が目的の時は声が弾み嬉しそうに誘ってくる。今日は何だか明るさがない。深刻ではないものの何かありそうだ。
平田が事務所に着くとそこには執行委員をしている営業の係長がもう一人いた。仕事のついでに事務所に顔を出したものと思われる。
どの組合関係者もそうだが、事務所で人事の人間と鉢合わせると皆一瞬だが悪い顔をする。それは、この時間彼らは勤務時間のはずで組欠(組合要務のための会社への届け出)を出していない。いわば内緒でサボっているようなものだ。だが、その程度の融通はしょっちゅうありそんなことに拘っていたら組織が動かない。
平田が気にしないとわかると安心して本題に戻る。
組合事務所には会議室や応接室などといった個室はない。部屋の中央に応接セットが置いてあるだけで真ん中に小さなテーブルがある。このセットも会社のお下がりをもらい受けてきたもので、どこか既視感がある。
いつも坂本と平田が顔を合わすと2人の会話は意味もなく「まいど。元気」とニヤッと笑い合うあいさつから始まるのだが今日はそれもない雰囲気だ。
その執行委員は、坂本が座るとその隣に座った。
平田は今日呼び出された意味がなんとなく読み取れた。その執行委員に平田の考えを聞かせようとの魂胆だ。
ある意味坂本の狡さだ。自分で説得すればいいものを平田を利用しようとしている。内部運営の難しさがあるのだろうか。坂本の一枚岩とは言うもののそこはやはり意見の食い違いもある。内部での対立を顕在化させたくないのだろう。
平田は坂本の意思を汲んで何の抵抗もなくそれに乗ることができた。組合の運営を助けておくのも仕事の内だ。この貸しはいつか返ってくる。
「退職金だけどうまく進みよるん」
やはりそうだ。そんな確認のためにわざわざ呼び出すわけがない。
「うん。いろいろ難題が降りかかってくるけど何とか乗り越えていきよりますよ」
平田は少し戯けて答えた。
「方向性はどうなん」
「ポイント制を導入しようと思います」
そんなことも何度も伝えてあるのだが、これにその執行委員は反応した。この反応を引き出すための坂本の振りだった。
「なぜポイント制にしなければならないんですか。賃金と切り離したら水準が段々落ちていくじゃないですか」
その執行委員は真剣にそう考えているようだ。