更新 2014.09.05(作成 2014.09.05)
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第7章 新生 35.一つの基金
「このコース別資格体系の中に関係会社も含まれておれば問題はないのですがねー」
しかしそれは無理だ。わが社はわが社の人事制度だし、関係会社は関係会社の人事制度だ。しかも日本冷機テックと中国ベンディングオペレーションと2社それぞれだ。それにわが社の人事制度はすでに走り出している。
「それじゃこの状況で何か解決策はないのですか」
もし何も策がないとすれば、走り出したばかりのコース別資格制度を根本から見直さなければならない。そんなことになれば腹切りものだ。平田の憂患は一気に高まった。
「解決策としましては、関係会社の資格をこの資格ポイントに当てはめることでしょうかね」
「それじゃ、関係会社の退職金とわが社の退職金は全く同じ水準になってしまうじゃないですか。それは無理ですよ」
「そこは工夫です。御社と全く同じ階層の資格制度にしなくてもいいですし、一つ下のランクに当てはめるようにしてもいいと思いますよ」
「なんだかそれじゃ、あからさまな恣意性が表に出過ぎますね」
「そうかもしれませんが、母体企業の実力が違うのですからそこは割り切りと思い切りが大事ではないでしょうか」
「そうですか。他社さんでもそうしているんですか」
「はい。それぞれ状況は違いますが概ねそんなところです」
「うーん。そうですか。わかりました。考えてみます」
そんなやり方に平田は苦しかった。人事の立場として、企画担当として恣意的偏りや制度の歪みを表に出すことは絶対避けねばならない。
信託銀行の営業マンと別れると早速藤井に連絡をとった。
あいにく、藤井は別のクライアントのところに出かけているようで不在だった。折り返しの連絡を頼んで電話を切った。
藤井の携帯電話も知ってはいるが、平田は余程の緊急時でないと掛けないことにしている。藤井のような忙しい人間はいつどこでどのような大事な人と打ち合わせているかもしれないし、大事な会議中かもしれない。大概はオフィスのほうに掛けて取り次いでもらっている。
藤井から連絡が入ったのはその日の夜8時頃だった。
「関係会社の資格構成にちょっと工夫が要るようになりました」
「どうされたんですか」
「私はね。関係会社の資格体系はわが社にできるだけ揃えて同じように歩ければ人事はやりやすいと思っています。しかしそれはそれで、そんな理由で制度が歪められてはいけませんよね。関係会社は関係会社独自の資格体系があっていいと思っています。退職金は、その資格に退職ポイントを設定し関係会社にふさわしい水準と積み上げ方を設定しようと思っていました」
「はい。私もそのように理解して関係会社のコース制や資格体系を考えていましたが。それがなにか……」
「F信託に打診してみたんですが、どうもその考え方じゃ厚生省の認可基準に引っかかるようなんです」
「難しいんですか」
「ええ。かなり食い下がってみたんですが基金として一つの制度設計でないとダメだと言うんです」
「基金は一つじゃないですか」
「つまり、その一つの基金に複数の制度があってはいけないと言うんです。一つのコース体系、一つの資格構成、一つのポイント設定でないといけないんです。わが社は総合型でグループ加入していますよね。その全グループが同一制度に乗っかっていないといけないんでしょう。私からすれば同じことのように思えるんですがお役人には違う景色が見えるんでしょうよ」
「そうですか。それでどうするんですか」
藤井は、平田がそういうところとの調整をやっていることに新しい発見があった。
企画担当者の役割とは、制度のアイデアや発想も大事だが、パラダイムを転換しようとすればこういう調整が欠かせない。
「エエッ。それで関係会社の資格体系を全くわが社と同じにするのは難しいと思うのですよ」
「はい。無理です。大分工夫してみたんですが人数の絶対数が少ない上に職責の階層が薄いでしょう。例えば管理職クラスのEコースで4階層は無理です。2階層か精々3階層が精一杯です。総人数が少ないから対象者がいないんですよ」
「はい。それでいいと思います。その階層にわが社のポイントを割り当てましょう」
「それでいいんですか」
「それしかないようです」
「わかりました。それじゃ関係会社は関係会社で独自の資格体系で進めていきます」
平田は藤井がそう言ってくれたことでホッとした。
資格階層が一つ少なくなれば一つ下の階層に割り当てられる。何とか格好がつけられるんじゃないか。平田は一つのヒントを得た。