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退職金に今何が

更新 2016.06.08(作成 2013.08.23)

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第6章 正気堂々 91.退職金に今何が

「それから関係会社にはもう1点、退職金を変更する理由もいります。わが社の都合だけを押し付けても受け入れられないでしょうから、なにか新しい問題提起が要るでしょう」
「それこそ、過去勤務債務の増大による制度維持の困難とか、掛け金の大幅アップによる経営の圧迫とかで退職金制度の変更が必要であるというふうに持っていって、だから退職金をポイント制に変更しますというふうに持っていけばいいだろう」
「はい。大体そういうストーリーを想定してはいるんですが、本体のご都合主義の押し付けにならないかと危惧しています」
「うん。まあ、そこらは慎重に進めるとして、それでいつごろになりそうか」
「そうですね、どんなに急いでも2年は掛かるかと思います」
「そこまで考え方がまとまっていればもっと早くできるだろう。1年でやれないか」
「そりゃ無理です。関係会社の人事制度の変更に1年半。平行して退職金の整理をするとして、移行と同時に退職金を被せるとしてもやはり2年は見ていただかないと無理かと思います。特にわが社だけのことならなんとか力で押し進めることもできますが、関係会社を巻き込まなければなりません。まずその地ならしからです。今慎重にやれって仰ったばかりじゃないですか」
平田はおかしさを押えながら穏やかに咎めた。
「2年か。厳しいな」
「年度途中での移行も難しいですから、区切りのいい年度替わりでの移行ということになりますと、やはり2年は……。なにかありますか」
「いや。なんでもない。とにかく急いでやってくれ」
「はい。わかりました」
「それで今のわが社の退職金は一体どれくらいになるんじゃ」
もう終わりかと腰を浮かしかけた平田は、新田に尋ねられて改めて座り直した。
「そうですね。旧賃金制度をそのまま運用したとして今の退職金係数に掛けますと、部長クラスで3600万円、課長クラスで3300万円。係長クラスでも古い人は3000万円くらいにはなるかと思います」
「高すぎるよ。このままだと退職金倒産するぞ」
新田は驚愕の声を出した。
「昔は部長クラスでせいぜい2800万くらいだったけどな。跳ね上がった原因はやはり定年延長か」
「そうですね。いくつかの問題点と原因が考えられます」
「うん」
「まず、1つの要因としまして算定基準が勤続係数に拠っていますので、勤続が伸びれば係数が上がってきますし、賃金の上昇も自動的に退職金に跳ね返ります。昔は定年が55才でしたからそれで適正な水準になるように設計されていたと思うのですが、2度の定年延長で結局5年間も定年が延びました。最初の57歳に延長した時は、勤続係数をそのまま積み上げるようにしてしまいました。係数を頭打ちにするとか、退職金を確定するとか、なにか手を打っておけばよかったのですがなにもしませんでしたから、最後の大きな係数が積み上げられ大きく膨らむことになりました。2回目の時は60才まで延ばしたのですが、この時は係数の付与は57才で打ち止めにしたのですが、据置き条率5.5%(いわば利息)を付けるようにしましたから結局それまでと同じくらい増えることになりました」
「うん。ただこれは年金の予定利率だからな」
「そうなんですよ。予定どおり運用がうまくいけば問題ないんですがこのご時世ですから結局は会社の負担になります」
「なんとか早いうちに手を打っておいてもらいたいもんじゃな。なんでしなかったかなー」
新田は残念そうに顔を歪めた。
「いやー、それはわかりませんが、やはり社員の反発とか組合の反対を説得する自信がなかったのじゃないですかね」
「その時の担当は誰だ」
「そうですね、小田社長、浮田常務の時代です。筒井人事部長、平野人事課長、組合が佐々木委員長の時代です」
中国食品の歴史の中で最も経営が沈滞した時代である。
「あの時代か」
新田はため息ともとれる諦めの息をした。
平田は、その時は自分は1組合員でしかなかったが、退職金を引き下げるとなるとやはり反対しただろうなと、身勝手な考えをした。
「しかも、従前規定は定年加算制度があったために57才で退職金を確定させるとき2割加算をここでするようにしてしまいました。3000万円の退職金なら600万円加算されます。それに据置き条率5.5%が掛かるわけですからさらに150万円ずつ3年間増え続けます」
「定年で加算されるんじゃないのか」
「57才が定年のときはそうでしたが、今は57才で退職金を確定するようにしましたからその時点で加算するようになっております」
「加算した上に利息じゃもっと増えるだろう、なんのために確定させるようにしたのかわからんじゃないか。」
「5.5%の運用がうまくいくと思ったか、さっさと確定しちゃえと安易なロジックを取ったかでしょう」
「ウーン。このロジックは一度原点に引き戻す議論がいるな」
「賃金も係数も一番高いところで2年間延長して、さらに2割加算してそれに5.5%の利息をつけるわけですから、3600万円もむべなるかなです。高い人はもっといくでしょう。勤続係数に直しますと、基本給の88カ月分に相当します。まず世間ではありえない数字です」
「そういうことだな。なにをしよったんかのう」
新田はこの数値を飲み込むために目を閉じ、首を傾げてしばらくじっと動かなかった。
「事務局の怠慢でしょうね。実権を握っていた高齢者たちは、自分の定年を目前にして退職金を引き下げようとのモチベーションは起きないでしょう。早いとこ高額退職金を掴んであっさりと退職していきたい、というのが本音だったと思います。団塊の世代が退職期を迎えて問題が表面化するころにはもう自分たちはいない。どこの会社も退職金問題への対応の遅れはそんなことのようです。そして今、団塊の世代の大量定年が目前に迫ってきて慌てています」
「先を考えて手を打つのが仕事だろう」
「ごもっともです。私も、将来に対する責任が仕事だと考えております」
「うん。そういうことよのー。ウーン。まあ、いまさら言っても仕方がない。とにかく急いでくれんかのう」
新田は盛んにうめき声を発した。
「はい。これをやり遂げないことには制度が完結しませんから必死です」
「そうだのー。わしの首もかかっているからな。たのむぞ」
こんな本音をさらりと言うところが新田の憎めないところである。

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