更新 2016.05.27(作成 2011.03.04)
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第6章 正気堂々 2. 税金対策
そもそも、伊勢が平田のところに来るようになった発端は4月半ばにあった。
株主総会が終わり、これから冬商材から夏商材への切り替えで忙しくなる春たけなわの頃である。
浮田はブラリと5階の営業フロアに顔を見せた。営業と製造は犬猿の仲である。ほとんどの者がそんな関係を飲み込んでおり、見て見ぬ振りをした。常務室は、重要会議でもないかぎりどの階も開け放しが慣習になっている。浮田はニヤついた顔で河村の常務室をのぞき、ドアを2回叩いた。
「どうですか」後ろ手でドアを閉めながら曖昧な言葉を投げ、勝手にテーブルに腰を下ろした。
“何がどうなのだ。嫌な客が来た” 河村は、どう付き合えばいいかとっさに計算した。
“信頼関係は成立するのか”そんな疑問が頭を過る。
「イヤイヤ……」河村も訳のわからない返事を返して、向かいに掛けた。
虫の好かん相手だが後藤田が去った後、パワーバランスは微妙に変化し不安定だ。距離を測りかねるが殊更荒立てる必要もない。わざわざ自分を訪ねてくる意味は何か。それを探るため困惑の顔を隠した。
つまらぬ世間話でしばらく時間を繋いだあと、浮田は思いきった話を切り出してきた。今日の目的はそれだったのだ。
「ところで河村さん。湯来に営業所を造る気はないですか。研修センター建設用地の隣の残り1500坪を買わないかって話があるんですよ」
「あそこには無理でしょう。地理的には中国地方の真ん中ですが商売をするところじゃありません」
「しかし、市内に比べて単価が安いじゃないですか。坪何万円も高い処を買って、回収に何年もかかるより経済的にはプラスじゃないですかね」
「しかし、周りを山に囲まれて発展性がありません」
「将来の物流拠点でもいいし、テニス場とかレクリエーション施設でもいいじゃないですか。と言うのが、研修センター用地と一緒にまとめて買うと単価が安く買えるんですよ。売主がそれを望んでいましてね」
「ウーン。しかしねー、もう土地神話は壊れましたよ」
「研修センターは宿泊施設が整います。研修のないときはレクリエーション客の宿泊受け入れ施設としてセットで開発すべきです。それに、もしまとめて買うなら数パーセントのリベートを用意すると言っているんですがね」
それは会社に入れるのか、浮田個人が収納するのか、はたまた河村にもその恩恵は分配されるのか、浮田はまだそのリベートの帰趨を明確に明かさなかった。河村の気持ちを確かめながらゆっくりと展開し、受け入れ準備が整うのを慎重に待った。
「河村さんも株で大分苦しんでおられるんでしょう」浮田は声を落として下から伺うように探りを入れた。
河村は少し心が動いたが、こちらもまだ飲み込んでいない。
「リベートなんかうまくいきませんよ」
“それじゃ、うまくいけばいいのか”浮田は、河村の心が動いた瞬間を見届けた。
「なーに、不動産業界では今日日リベートなんか常識ですよ。多少の細工も要りますがね」
「どうするんですか」河村の心が乗り出してきた。
「我社(うち)が代金を振り込むとき、相手の隠し口座に振り込むわけです。そこからバックしてもらう」
「普通に振り込んではいけないんですか」
「一旦会社の口座に金が入ったら、そこから名分もなしに引き出すのは難しいじゃないですか。それに不動産は分離課税だから税金もようけ来る」
「どれくらい来るもんなんですか」
河村は一般的知識として興味を持った。
「今回は10年未満の一般長期譲渡だから、法人税とは別に20%の追加課税になります」
「ほう。そんなに来るんですか」
「手取りが目減りするからできるだけ高く売りたい。だけど税金上は表面売価を抑えたいというもんでしょう。それに比べるとリベートなんて安いもんなんですよ」
土地所有、譲渡に対する税制は社会情勢、経済情勢により年々変化しており、平成4年当時は20%だった。
現在、追加課税制度は10%の経過を経て適用停止になっている。
「しかし、あそこにはねー」
「なーに、要らなきゃ将来転売してもいいじゃないですか。土地は腐りませんよ。今はまとめて買うことが肝心なんです。それが条件なんですよ」
「しかし、そんなうまいことができるんですか」
「事実、売主の意向なんですから……。私のほうでまとめて買うように提案します。そのとき営業でも話を後押ししてくれればいいんです」
山陰工場のときと同じ手法だ。あのときは社長の小田から誘いをかけられたもので、安心して仕掛けられた。結果として浮田御殿を完成させたが会社はおかしくなった。
今回は、比較的社内評判のいい河村を巻き込まなくては一人では計画が成立しない。そしてその河村は、「うまくいくのかね」とまだ煮え切らず、半信半疑のままだ。
しかし、ここまで腹を割って逃げられては足元をすくわれる。浮田は必死で繕った。
「とは言うものの、河村さんがその気にならねば事は進みませんから、その気がないならばこの話もなかったことです。慌てる必要はありませんから、ゆっくり考えてください」浮田はそう言って帰っていった。