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カラクリ

更新 2011.02.25(作成 2011.02.25)

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第6章 正気堂々 1. カラクリ

株主総会も春闘も何とか乗り越えた風薫る5月初旬のことである。
このころの平田は新賃金制度で個々人の昇給を確定させ、4、5月分給与の差額計算を電算に出してもらい、給与支払い実務担当者に引き継いだところだ。毎年、昇給差額は5月分の給与で行うことになっている。2〜4月の平均報酬月額から社会保険の等級を確定するためだ。
今、当面の大きな山を乗り越えて一息ついているところだ。
平田はこうした働き方が性に合っていると思った。忙しさと少しのゆとりが交互に適当なリズムで訪れる。緊張と緩和、忙と閑、仕事にはこうしたメリハリが必要だ。そのほうが集中できる。
「ヒーサン、ちょっと時間ないですか」
伊勢俊介は、ちょうどそんなタイミングでやってきて、平田の肩越しにのぞき込んできた。
「どうかしましたか。少しならいいですよ」
「ここではちょっと……」伊勢は口ごもった。
「それじゃ、上の会議室に行きましょうか」平田はそう言うと同時に立ち上がって先に歩き出した。
「何か飲みますか」振り返りながら平田は尋ねた。9階フロアの踊り場には飲料の自動販売機が置いてある。
「いや、僕はいいです」伊勢は平田より年上だが、丁寧にしゃべる。これは伊勢の性格で、部下以外には誰にでも丁寧だ。それは彼の仕事振りにも表れていたし、新井の魔の手から逃れられなかったのもそんな生真面目さがあったからかもしれない。
それでも平田は缶コーヒーを2本買い、1本を伊勢に渡した。
2人は空いている小会議室を見つけ、入り口のサインを使用中に切り替えてそこにこもった。
「どうしたんですか。改まって」
平田は、カリッとリングプルを引きながら話しにくそうにしている伊勢に問いかけた。かなり思いつめている様子だ。
「うん。実は僕が新井常務の保証人になっていることは知っているでしょう」まるでどっちが上かわからないような改まり様だ。
「いや。そうなんですか。大きいんですか」平田は知らぬ振りをした。この段階で社内では知らない者はほとんどいなかったが、あからさまに知ったかぶりをされると嫌なものだ。
「実は1本いっていたんです。半分は返してくれたんですがまだ半分残っているんです」伊勢は、翳(かげ)りを引いた表情を見せた。
「1千万円ですか……。残り5百万円。大きいな」平田は改めて驚いてみせた。
「退職金も出たやろうに、清算してくれなかったんですか」
「足りんかったんやないですかね。他にもいたから、結局僕の分だけが残ったのでしょう。課長だからということで最後になったんですよ。だから勘弁してくれって言われました」
「しかし、やりきれませんね」
「まあ、お世話になったから仕方ないとして、それに多少関連したことなんです……」
伊勢は切り出しにくそうで前置きが長くなった。
「私でよかったら言ってみてください。出来ることなら協力します。大丈夫です。私は口は堅いほうですから。ただ、銀行がどうのこうのはわかりませんけどね」
「いや、そういうことじゃないんです。先日、河村常務からとんでもないことを聞かれたんですよ」
平田は黙ってうなずきながら聞いた。
「実は、……」伊勢は言いにくそうだったが、時間の経過とともに訥々と語りはじめた。
伊勢が言うには、浮田と河村が研修センターの用地買収に絡んでリベートを不正に収受しようとしているらしい、というのだ。
浮田と不動産業者の間では、1500坪の土地を相場より少し高い坪15万円で購入し、5%をリベートとしてキックバックするという約束が出来ていたのだが、土地代金を中国食品から持ち主である建設会社に振り込むとき、予めリベート分を別の隠し口座に振り込んでくれということになった。
「会社として、資金の振込みを別にするいい方法がないか手を考えてくれ、って」伊勢は口を尖らかしている。
「別に確証をつかんでるわけではないんですが、そんなことを内緒で聞いてくるってことはですよ、リベートかなんか悪いことしようとしとる証拠じゃないですか。君も株で大分痛い目に遭っているんだろ。一枚加わらんか、って言うんですから。そんなことできるわけないじゃないですか。それでなくても僕は、株で会社に迷惑をかけているんですから」伊勢は吐き捨てるように言い、さらに、
「一旦会社の口座に振り込まれると、そこから浮田個人の口座に振り込むのは名分が立たないからでしょう。しかもそれは残りの1500坪を買い増しすることが条件になっているらしいんです」と、自分の憶測も交えながらこう付け加えた。
「今、隣の土地の買い増しが進んでいるのも、そんなカラクリがあってのことなんですよ」と、何度もうなずきながら確信している。
伊勢は数日間思い悩んだあげく、自分の胸に納めきれずに平田のところにやってきた。

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