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わかってほしい

更新 2010.05.14(作成 2010.05.14)

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第5章 苦闘 45. わかってほしい

「川岸さんが代わったらどうなるんですか。また方針が変わるんですか。会社はいつだってそうじゃないですか」
現実的でもっともありうる心配を書記長がぶつけてきた。
「わかりません」平田は答えながら可笑しくて思わず笑ってしまった。
夢を語っているときに、その夢を根底から覆す最も可能性の高い現実をさらりと目の前に広げられたからだ。
「我々以上の思いを持った人ならそれに従わなければいかんやろうし、そういうものを持っていない人ならこれが人事の課題です、と私が頑張って認めてもらうしかないやろ」
「ヒーさんを使わない人だったらどうするんですか」
普通、こうした大きなテーマや課題が社内でオーソライズされ、その取り組みが全社に認知されている場合その実務者が途中で代わるということはあまりない。チームやプロジェクトのように組織立って進行している場合は他の者が経過を引き継ぐので代わることもありうるし、部長や課長といった形式上の責任者も代わり得るが、実務者がなんの言われもなく定期異動くらいで動く事はまずない。特に本人がはまり役の場合はなおさらだ。それがまた、そこの主(ぬし)になり澱みをつくるのも事実だが……。ただ、川岸が馬場から平田に代えたように実務者がその責務を全うできない状態に陥ったときは別である。
「それはしょうがない。その人の器です。理想もなく器もないとなったら最悪やね」平田は自嘲気味にまた笑ってみせた。
「特に私はずけずけ物を言うから私の利用価値を見出せない人には敬遠される。そのブレが激しいのよ。そのときは皆さんには申し訳ないがゴメンチャイやね」そう言ってぺこりと笑いながら頭を下げてみせた。
「しかし、樋口さんがそういう人を人事に持ってこんやろ」営業の古参が知ったふうな顔で言う。
すると別の誰かがその先を付け足した。
「問題は樋口さんの後やろか。樋口さんが来てもう5年になるから可能性がないわけじゃないからね。ごますり人間が好きな人が来たり、問題意識の低い人が来たときがどうなるかやね」
みんなの心に乱れが見え、少し間が空いた。
「ヒーさんそれはいつごろになるの」委員長の坂本が皆の心配を逸らすように尋ねた。
「まだまだ先です。なんせ、俺1人やからな。人事の中でもこんなことを意識しているのは他におらんやろ。抵抗もあると思うしな……。職能資格制度すらまだ決着が付いていないんだからね。この職能資格制度は過去の負債です。それが片付いてからが本当の取り組みだと思う」
「その職能資格制度はどうなん」坂本は、この問題もなかなか決着が付かないことにうんざりした様子で尋ねた。
「俺はなんか疑問を感じている」平田は素直な感想を述べた。
「疑問ってなんですか。会社が提案したんじゃないですか」甚田が口を尖らせた。
「まだ完成もしていないうちに過去の負債だなんていう言い方はないのと違いますか」少しムキになっている。
「そう。あのときはそれが一番いい選択肢だった。というかそれしかなかったんだと思います。世の中全体が年功人事に行き詰まり、団塊社員の処遇で人事労務が閉塞感に陥っているとき、全ての教育機関やコンサルタントが職能資格制度をセンセーショナルに謳い上げた。これを導入しない事は罪で世の中に取り残される、とその当時導入に踏み切った多くの企業が思ったんやないですかね。日本で人事制度のパラダイムチェンジらしきものが起きたのはこれが最初でしょう。今では人事制度の主流の座を占めています」
平田は深いため息を吐き、2人の尖った口論に沈鬱な空気が流れた。
「まあ、やるのはやるよ。一旦はけじめをつけないといかんと思っています。いきなり次の制度に持っていくわけにはいかんやろう」
「そんないい加減なことで制度を変えていいんですか」
「いけないでしょう。しかし、もうすでに半分は導入されているんですよ。いまさら失敗でしたとは言えない。一旦はけじめをつける必要があります。ただ、実際に職能資格制度に取り組んでみて、さっき言ったような俺の信条に照らしてみたときかえって矛盾を感じるんよ」
「矛盾って何ですか」他の組合員も初めて聞く平田の考えに注目した。
「うん。実は私もまだハッキリと整理しきれていないんですが、どこか無理があるように思えてしょうがないんよ。例えば主任の管理2級がおりますよね。メチャメチャ給料高いよね。なんで……?」
平田は、まだ完成もしておらず自分が進めなければならない制度を貶(けな)すようなことを言っていいのかチョット迷い、少し口ごもりながら答えた。しかし、みんなの関心を引きつけるには十分すぎる前提だった。
「それは、俺や」突然、誰かが茶化すように叫んで失笑を誘った。
「それこそ、過去の遺物でしょう。前の賃金で移行したんだからいいじゃないですか」
「能力が高いんだからそれでいいという理論でしょう」
「それが職能資格制度なんでしょう。会社が導入したんやないですか。平田さんも組合時代やってたじゃないですか」
口々に教え込まれてきた制度の理屈を並びたてる。
「じゃあ、なんで課長にならないの。そうでしょ。係長資格も飛び越しているよね。それって人事の在り方として正しいのかな。所長で部長と同じ給与の人もいる。でも部長になれない。能力は高いと言いながら、そのクセ毎回の人事評価は意外と低いのよ。なんで……?そんな単純な疑問が俺の中で解決できんのよ。勉強すればするほど、むしろ疑問が深まっていく」
「じゃあ、どうするんですか」
「わかりません。さっき言った『頑張った人が頑張ったように、正しい人が正しいように評価される』それってどんなことか、そんな会社にするには何をどうすればいいのか、またそれだけでいいのかどうかもわからんのです。ある本に『功ある人には金で、徳ある人には職位で報いなさい』というのがあったんだけど、そんなことも実現したいよね。どうしたらいい?」
平田は深い苦悩の色を滲ませながら、「だからわかってほしい」と訴えた。

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