更新 2016.05.24(作成 2009.12.15)
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第5章 苦闘 30. 脇役
いさかいの原因は冷機技術課と営業所長の思惑の違いからである。
冷機技術課には彼ら独自の組織戦略があった。
それは冷機技術課が技術スタッフの頂点に立ち、彼らを自由に動かすことで一つの村社会を形成し、一大勢力として他部署への存在感を高めることである。
そのような心境にさせるのは、中国食品はあくまでも営業主体の会社であり、こうした技術スタッフはそれを支える脇役の域から抜け出し得ない宿命があるからである。華々しい営業数値を陰で地味に支え続けるよりほかないのである。管理職への道もほぼ閉ざされ、あるとすれば冷機技術課の課長ポストくらいだ。勢い他部署に対する鬱屈したそねみと冷機技術課への諂(へつら)いがもつれ合い、ヘドロのように堆積したとしても不思議ではない。
いつしか冷機技術課、スタッフ双方が以心伝心で独歩し始めた。他部署からは白眼視され孤立しそれがさらに拍車をかける。
しかし、言い分もある。それはICなどが急速に発達し、冷蔵販売機のコントロール基盤や金銭を識別するコインメックなどが日進月歩の技術革新を遂げており、その技術研修を進歩に遅れないように行うためには自分たちの傘下に置いておかなくては計画的な研修が思うようにできないと言うのである。
更に、自社の顧客を計画的に訪問しプレメンテナンスしなくては、事後対応ばかりでは後手後手に回り仕事に追われて効率が上がらないと言うのだ。その訪問計画を冷機技術課が作成し各スタッフに強制的に回らせている。そのため修理オーダーに迅速に対応できないことがあり、営業所長をいらだたせていた。
現場を預かる所長は顧客から故障の連絡が入ればすぐに対応してほしい。機械が動かないことはその間は確実に製品が売れていないことであり、眼前の顧客への対応こそが命なのだ。
プレメンテナンスや研修は内内の論理で顧客には関係ない。高い機械を買って、それが故障で動かないことはお金を寝かせるのと同じことで、オーナーの不興を一身に被らなければならない。何よりも売り上げが落ちるし、下手をすると製品も変質する。
顧客は電話の向こうで必死に叫んでいる。そんなときこの技術スタッフを動かすのに権限がない。指揮命令系統は冷機技術課が握っている。一旦冷機技術課に頼んで派遣してもらわなくてはならない。もし、責任者がいないときなどもどかしくて気が気ではない。トラブルが起きるのはそんなときである。営業所長の指示と冷機技術課からの許可がなければ動けないというスタッフの頑迷さがぶつかりあうのである。
組織構成は冷機技術課を頂点に各地区に係長が1名、主任が1名から2名存在しており、冷機技術課からの命令を伝達していた。
何よりも彼らを自由に操ることは男を陶酔させる権力遊技である。冷機技術課にはそうした権力意識が充満していた。
同じような構造が車両管理課にもあった。彼らは車両整備士の1級か2級の国家資格を持った総勢14名の技術集団で、各地区営業部に駐在して地区営業部や営業所の車両のメンテナンスを担当していた。彼らもまた冷機技術課と同じ構図で王道を歩けない脇役たちだった。
平田はこうした実態を踏まえて各部署にヒアリングをかけ、何が問題でどこに混乱の原因があるかを整理してみた。
最大の理由は、係長・主任に関する規定や定義がどこにもないということだった。
いろいろな社内規定を探ってみたが、わずかに組織規定に「各部署に係長・主任を置くことができる」とあるのみである。係長・主任とは何かという定義もどのような基準でどのような場合に置くという設置基準もなかった。もちろん、それらの細々した決まりを組織規定のような大規定には書けないが、運用基準として人事部内規にはなければならない。しかし、これまで人事部にはその準備がなかった。
そんな訳で各部署は自分の思惑で勝手に任命していた。
「置くことができるとあるのに置いて何が悪い」各部署の本音の言い分が聞こえてきそうである。
人事部は追認で辞令のみを発行する部署と化していた。
ひとたび付いた肩書きは資格化し二度と消えることはない。そのため異動によっては3、4人の部署で全員が主任や係長というところもある。
任命基準や選考基準もなく、部門長の思惑だけで係長や主任が誕生しているのが実態だった。
今の人事はこんな組織系統すら整理できていなかった。
平田は、係長・主任制度とは何かを次のように定義することから問題を整理していった。
「係長・主任は業務を遂行する上での指揮命令系統の一環で、管理職の指揮のもと一般職を指導、督励する監督職である」として位置づけた。
係長・主任といえども会社の指揮命令系統の一環である。上は社長から末端の一般職までの神経系統である。いわゆるポストなのだ。たまたま課長以上に管理職という階層が明確に存在するため係長や主任の存在があやふやのまま放置されているだけで、実際の現場の日常バトルではその存在やリードの仕方は業務の進捗状況に大きく影響を及ぼしている。
「ポストである以上、組織の拡大、縮小の編制具合によっては増加も削減もありうる」と大上段な解説も加えた。
次に係長・主任はどのように置くか、設置基準を設定した。
基準の設定は営業所も工場もわりと簡単だった。営業所は販売ルートが基本的に決まっており、それぞれ1人の営業マンが担当していた。そこで4ルートを1つのチームとし主任を1人置くことにした。このチーム2つ以上を1グループとし1人の係長を置いた。もちろんこうした作業は営業部のルート編成担当者と協議の上だ。
そしてその役割は、「係長は管理職の指揮命令のもと、部下の業務進行を督励し業務上の問題を解決しながら担当するグループを運営するとともに日々の業務の状況を上司へ報告する」
「主任は上司の指揮命令のもと、部下とともに業務を遂行し問題を解決しながら担当するチームを運営するとともに日々の業務の状況を上司へ報告する」
グループとチームの責任範囲の違いだけで性格は同じと位置づけた。この責任範囲の違いが任命基準の違いに繋がるのである。
工場も同様に整理していった。工場は基本的に総務部、製造部とあり、製造部は製造課と品質管理課とに分かれているが、交替勤務があるためもう少し複雑に考えなくてはならなかった。ただ、営業部門より比較的簡単だったのはラインの流れを基本に各人の役割、チームやグループの守備範囲がはっきりしていたことである。同質の仕事を1チームとし主任を1人、2チームに1人の係長を置き、一定のエリアを監督させる。これを基本型にして1直、2直のフォーメーションを組むようにした。
更に、副主任は廃止する方向でまとめた。係長・主任をチーム単位で整理したとき副主任の存在意義がなくなったのである。