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使い道

更新 2016.05.19(作成 2008.09.25)

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第4章 道程 15. 使い道

中国食品は工場を含めると45の事業所が中国地方の各地に点在している。中には創業時に建てたままの所もある。そのころの経営は当然苦しく、バラック造りという営業所もあった。ひどい所は女子トイレと男子トイレが別々になっていないことすらあった。
今では製品の種類も増え、取扱量もそのころの比ではない。倉庫も手狭になり、製品ローテーションの効率も悪くなっている。雨がひどいときには漏るところもあった。製品を濡らさないようにシートを掛けたりして凌ぎ、不便さを歯を食いしばって我慢していた。
全事業所を訪問し終えた樋口は、これら劣悪な営業所を順次建て直すことを命じた。樋口の基準では営業所の半数、およそ15カ所近くを建て直すことになる。とりあえず今年は4営業所を造り変えることとなった。施設課は大慌てになった。代替地の手当てから設計、建築までとなると1年は優に掛かる。4営業所を同時進行なんてとても無理と思われた。それでも樋口は厳命した。
「これくらいの仕事がこなせなくてどうする。君たちは現場を見たことがあるのか。現場はもっと苦労してやっている。いつまでもこんな環境で仕事をさせておくわけにはいかん。わが社の富の源泉じゃないか。彼らに働きやすい環境を提供してこそ応えてくれるというもんじゃ。もし今年中に完成しなかったらお前たちは首じゃ。来年は5カ所をやる」ドスの利いた声でビシッと言い置いた。

これには営業所の連中が敏感に反応した。
「やっと自分たちのことを考えてくれる経営者が来た」
当該営業所のみならず、全営業マンの血が騒ぎ始めた。
特別難しい政策でもなんでもないが、樋口の経営センスからするとこれが一番大事な政策なのだろう。
“まず、社員の働く環境を整える。それでこそ売り上げが付いてくる。100億円も掛けて立派な工場を造っても、見掛けは良くなるが売り上げが伸びるわけじゃない”それが樋口の意識の底流にあった。
平田はかってプレジデントに載っていた太平洋戦争時代の旧日本軍の戦略ミスの特集を読んだとき、でっかい工場を造り続ける製造部のやり方を旧日本軍と体質がそっくりだと思ったことがあった。
巨艦主義を捨てきれず、飛行機の時代が来ているにもかかわらず大和や長門といった巨大戦艦を造り続け、結局機動的な飛行機にやられてしまった。いくら見栄えだけ良くしてみても無用の長物となる。すでにそういう時代が来ているという情報には耳を塞ぎ、頑なに過去の成功体験に拘り続けて負けた。
情報をしっかり収集し時代の趨勢に目を向けよ、という教訓だ。
このころすでに製造の外注化やOEMという製品調達のあり方が珍しくない時代になっており、リスクを犯してまで何が何でも自前の工場でという時代でもなくなっている。
このように樋口は、まず社員に目線を当てた政策を、大げさに構えることなく淡々と推し進めた。
一方で、工場廃止や資金手当などの経営基盤も、至極当たり前のことのように整備していった。だから樋口の政策は誰にでも違和感なく受け止められたし、社員にもわかりやすく付いていきやすかった。
ただ平田は、金の使い方についてはスイスでのCB発行のように奇抜なアイデアを期待していただけになんだか物足りなかった。調達方法が度肝を抜いているだけにその使い方は至って地味で、きわめて対照的に思えた。
しかし、考えようによっては思いつかないという点においては誰もが思いつかなかったのだから、やはり群を抜いた経営手腕の持ち主なのかもしれない。工場閉鎖、スイスでのCB発行、社員持ち株制度、TQC活動、営業所建て直し、平易で当たり前の政策だが誰も考えなかったことだ。その当たり前をためらいも澱みもなく進めていくところに樋口のすごさがあった。
“ウーン、すごい。これが本当の経営か”一時は金の使い道に疑問を持った平田も、自分たちとの次元の違いに脱帽した。

このころ、新規に営業所を造るには3億円から4億円の資金が必要だった。
土地が1500坪で単価20万円として3億円、35〜40人程度が入るプレハブの事務所と300坪程度の倉庫とで建屋が1億円、というのが平均的営業所の構えだった。
この計算でいくと15カ所を建て直すとして60億の資金が必要になる。しかし、次年度からは古い土地を売っていけば資金のローテーションができ、資金は半分以下で済み十分足りる計算だ。
樋口は、事業所の建て直しを前提に45億の資金を調達したのだろうか。
たとえ山陰工場を閉鎖して垂れ流しの赤字が止まったとしても、それだけで45億の資金調達するだけの信用が回復すると読んだのか。しかもそれを事業所整備に回すことで営業がよみがえり、見合う利益がついてくるとの計算があったのか。もし、会社をよみがえらせるためのそんなデッサンを予め描いてファイナンスを計画したのだとしたら、とんでもない経営者が来たことになる。
それとも手元資金に余裕ができたから思いついたアイデアだろうか。樋口という経営者の底力を測る格好の事案だが、それは誰にも確認できない。
後日談ではあるが、「この45億のファイナンスは、樋口という経営者に対する金融筋の与信枠であったろう」と野木は述懐した。

樋口はもう一つ大きな軌道修正をした。それは河村が営業立て直しのために苦肉の策として打ち出した“成績下位3営業所の管理職の降職制度”を止めさせたことだ。昨年度まではそういう約束でやってきたから仕方がないが、2年間続けられたこの制度を今年から止めさせた。
「降格が全くダメというのではない。数字だけで機械的に降格させるのが良くない。上げるときにはいろいろ吟味して上げたじゃないか。降格させるにもそれなりに理由が要る。数字は結果だ。本人の努力ではどうにもならないことだってある。大口の取引相手が倒産したり、隣の営業所に大きなスーパーができたため自分のところが最下位に落ちることだってある。ただそういうことに対して自分たちは何をしたかが大事だ。そこを吟味して許せなかったら降格したらいい」
河村も一時しのぎのカンフル剤としてやっただけで、いつまでもやりたいわけではなかった。いいタイミングで打ち出してくれたと感謝した。このことも社員の気持ちを暗くしていた一因だった。降格された者も代わりに上がった者も、いい気分にはなれないでいたからである。
しかし、これで新規に管理職に選ばれた者は晴れて胸を張ることができた。人事がきれいなものになった。それは昇進した者の顔に笑顔が溢れていたことに表れていた。

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