更新 2007.02.15(作成 2007.02.15)
| 正気堂々Top |
第3章 動く 13.トップ会談
「まあ、常務お気持ちはよくわかります。私たちも営業マンです。できることならやりたくありません。しかし、一時的にマイナス要因になったとしても会社が少しでもいい方向に向かい、組合員が納得するような方法で解決して、やる気を出してくれたらそちらのほうが大きいやないですか。ここはひとつグッと我慢しましょうよ」最後の説得は吉田だった。
「ウーン、そうか。そう言われるとしょうがないな。我慢しましょう」吉田にそう言われると河村も引っ込まざるを得ず、頭を抱えて唸った。物事を大らかにとらえ、人を飲み込むような吉田の愛くるしさにはかなわない。
「イヤー、どうもありがとう。忙しいのにすみませんでした」と言って出て行った。
残った4人はそのまま椅子にもたれ、これからどうするか同じことを考えていた。
中央の2人が少し引き下がり、両端の2人が中央を向き合い、半円を作った。
「さて、今の常務の話やけどどう思う」吉田が、正面の壁を見ながらやや上向き加減で尋ねた。
「会社の撹乱戦法とも考えられんこともないが、常務はそんな人やないし、この状況ではまずあり得んでしょう。モロ受け取っていいと思いますよ」状況をよく飲み込んでいる作田が答えた。
「それはそうとして、さっきの全てが読めたというのはどういうことね」豊岡が、それがわからんと話が通じんよといわんばかりに口を尖らせて尋ねた。
「なーに、人事部長が今までどおり俺たちを抱え込んで組合を牛耳り、会社にいい顔しようとしとるだけですよ」作田が軽く答えた。
「そんなことできるわけないやんね。ふざけとるよ」
「まあまあ、そんなこともあったんで今の話もまたそうかなとチラッと思ったんですよ。だけどまあそれはないよね」
「それじゃ、どうしましょうか」と吉田がまた尋ねた。
「こうなったら、トップ会談しかないですね。委員長、専務のところに行って話してこんですか」と、作田がはっぱをかけた。
「会ってどうする」
「組合の主張が通じとるかどうか、そしてこの状況を解決するためにどうするつもりか、尋ねてみたらいいんやないかね」と豊岡が、さっきの怒りの余韻が残っているのか、まだ口を尖らせていた。
「会ってくれるやろか」
「会うよね。この状況で委員長の要請を断わるわけにいかんやろ」
「いやそうじゃなくて、筒井部長の立場を考えるんやないかと思って」
「それなら、筒井部長を通じてやったらいいやろ」と平田が口を挟んだ。
「ウーン。それじゃやってみようか」そう言うと、吉田は黙って目をつむり考え始めた。なんせ初めてのことである。組合の主張の整理や専務への切り出し方など、頭の中はフル回転した。
こうして吉田は一人専務室に乗り込むことになった。案内した筒井は、
「委員長がお見えになりました」と案内すると黙って出て行った。
「先日は、ご馳走になりましてありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ付き合っていただいてありがとうございました」後藤田は、早速賞与の解決について話したかったがグッとこらえ、吉田の出方を待った。
「今日はお忙しいのに時間を取っていただきましてすみません」
「いえいえ、今は組合のことに勝る大事はありませんよ。どうかしましたか」
「今夕から三六拒否が避けられない状況になっております」
「そうですね、大変なことになりました。なんとか避ける手立てはないもんですかね」
2人の会話は間合いを十分とって、相手の一言一言を噛みしめるようにゆっくりと流れた。
「今日はチョット確認に来ました。会社には、私たちの主張が通じているのでしょうか」
「そのつもりでおりますが、もっと詳しく話してみてください」
吉田は、「経営戦略としてやったのなら、固定部分は削るべきではない」と、先ほど河村と話した同じ主張を後藤田にも説明した。
「固定部分を削れば、経営戦略そのものが間違っていたということになります。そうなれば否が応にも経営の責任追求になってしまい、犠牲者が出るまで続けなければならなくなります。一時金はあくまでも経済闘争です。政治闘争にしたくありません」
「ウーン、なるほどね。ごもっともです。私もそうなることを一番危惧していました。イヤー参りました」後藤田は、交渉の意味するものがくしくも吉田と同じ見解だったので、嬉しかった。ややもすると責任追及ばかりが先走りするのではないかと気を揉んでいたのだ。
「これを避けるためには、固定部分だけでも満額出して交渉を振り出しに戻し、一から話し合うということにしないと収まりがつきません」
「そりゃ、そうですね。だから、会社もそうなることを恐れて固定部分は出そうということにしたわけですよ。ただ原資の都合で、0.5については決算をまたいで支払いたいということでお願いしております」
「それは間違いないですか」
「もちろんです。えっ、まだ組合には伝わっていませんか。」後藤田は驚いたように尋ね、「なにしてるんだ」と怒ったように一人つぶやいた。
「私たちが聞いているのは、0.3カ月です。年明け後にということです」
「それは違いますね」
「こんなところで間違いがあってはいかんでしょう」
「役員会では、固定部分だけは出そうということになっていたんですよ。0.2カ月分少なく出したんですね。どういうつもりなんだろうかね」後藤田も怪訝な顔をして、筒井の腹の内を計りかねた。
「この期に及んでそんな姑息な駆け引きをしちゃいけませんよ。役員会の意思に反しているじゃないですか。もし、組合がOKしたら0.2カ月分値切って協定してしまうことになります。窓口がそんな駆け引きをするんだったら、交渉できなくなりますよ。これから何事も疑ってかからなければならなくなります。私たちは会社のギリギリの決断として一瞬一瞬を真剣に判断しています」
「ごもっともです。これは私もうかつでした。申し訳ありません」後藤田は深く頭を下げた。
2人はしばらく黙り込んだ。しかし、なぜだかこうして話し合えることがお互いに嬉しかった。状況は厳しい局面にもかかわらず、組織を運営する考え方が同じであったことで、さらに信頼を深め合えたことが嬉しかったのだ。
「さて、これからどうしたらいいですか」もうじき三六拒否に突入するのだ。感傷に浸ってばかりおられないと、後藤田が切り出した。