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在庫益

更新 2016.04.13 (作成 2005.11.15)

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第2章 雌伏のとき 4.在庫益

他ならぬ野木の頼みである。平田は、1週間ほどかかったが必死で計算し製品ごとの年末見込み原価と在庫益を出した。
浮田や楢崎は、平田が何やらにわかに取り組み始めたものだから気がかりでしょうがなかったが何も言わなかった
平田も無視を決め込み野木のために慎重に算出した。
「おう、ありがとう。助かったよ。あと1億足りんのよ」野木は嬉しそうに受け取った。
「1億ですか、在庫益で1億は大きいですね」
「まあ、それだけじゃないけどな」
「一体いくら出すんですか」
「こればっかりは誰にも言われんのよ。俺が苦労しよる姿から察してくれ」
決算見込みなんて言うのは極秘事項である。外に漏れるとインサイダーになる。まして、苦心惨憺の決算対策である。言っていいことと悪いことのけじめをきちんと持っている野木は、けしてもらすことはない。そのことも野木への信頼を深める要素であった。
「しかし原価や在庫益はこれからいくら作るか、いくら持つかで多少数字が変ってきますのでその辺注意が要ります」
「うん、そうやな。それは俺に任せてくれ」
「それじゃ、よろしくお願いします」

本来、仕事の依頼は職制を通じていくもので、課長から課長へ依頼があり、そして担当者へいく。返すときもその逆の筋道をたどって返すのが筋道である。このときの頼む頼まれるの立場が課長同士の微妙な力関係を左右する。恩に着る着せるの世界である。ライバルや嫌いな相手だと、忙しいとかなんとか理由をつけてなかなかやろうとしなかったり、わざと期限をのばしたり、相手の足をひっぱろうとする。サラリーマンの世界である。会社のためというもう一段高い視点で考えることができないものか。
野木は平田の上司である楢崎が嫌いであった。それと彼には在庫益だの何だのと言うことが理解してもらえないということと、どうせ嫌味や嫌がらせを言われるだけということもあり直接平田に頼んできた。
それに楢崎に頼んだところで、楢崎が関係の冷え切った平田に発注するわけがないと判断したのである。さらにその上の部長を通じてという手もあるが、浮田だと余計に上手くいかない。だいたいこの程度の仕事でいちいち部長を煩わせるわけにはいかないではないか。
平田はこうした仕事の依頼には割とオープンに対応した。よほど重要な仕事とか長期間にわたる仕事は課長の耳に一言入れていたが、この程度の仕事は自己判断でこなした。それに相手は野木である。野木の責任において取り扱ってくれるという信頼があった。けして「平田が作った資料」として一人歩きする心配はなかった。しかし、中には「平田さんがこれでいいと言いました」などと自分は全く責任を持たない輩もいる。そうした連中には二度と協力しない。資料などというものは、誰が作ろうが誰が何を言おうと利用する者自身が全責任を持って使うべきものである。

こうして年度末に向け、ディーラーへの押し込み販売や在庫の積み増しなどあらゆる決算対策が打たれた。せめて前年度の半分、3億円くらいの経常利益を確保するという方針が出されあらゆる化粧が決算書に施されたのだった。以前は8億円くらいの利益を出していたが営業不振の昨今は6億を出すのがやっとの年が続いていた。
年が明けた昭和59年1月も末のころである。中国食品は山陰工場稼動1年目の決算に目鼻をつけ、何とか格好をつけて乗り切ることができた。

在庫益について簡単にふれておく。
例えば、Aという原料とBという原料を、それぞれ50万円分ずつ持っていたとする。そのまま持っておれば、期末には未使用資材の棚卸価値として100万円で変わりがない。
しかし、これを使用し製品に加工すると付加価値が生まれてくる。
工場からみれば営業に売る価値(移受間価格)まで高まることになる。
これを仕入れた営業の在庫は、ディーラーに売る価格(卸価格)まで価値が上がることになる。ただし、工場の在庫は営業所までの輸送費がまだ発生していないし、営業所の在庫はディーラーまでの配送費がまだ発生していないからその分は差し引いて考えることになるが、年内に製品に変えておく(付加価値を高めておく)ことによって価値(益)が生まれるのである。これが在庫益である。したがって、年末に多くの製品在庫を持つと評価益が増えるのである。損益計算書の上では製品棚卸額が増え、計算上利益の増加要因となる。ただし、これは翌年の期首棚卸額となってはね返り、翌年の損益にはマイナス要因になる
現実には人件費や燃料代、電気代など他の要素も加わるのでもっと複雑であるが、わかりやすく考えるためここではネグレクトした。

山陰工場稼動の1年目は何とかやりくりしてつじつま合わせの決算ができたが、2年目の今年はどうにもならないところまできていた。
山陰工場の償却負担も重くのしかかっていた。今年は年初から稼動しているから償却負担が丸々掛かってくる。
河村は必死でゲキを飛ばすが、笛吹けど踊らずで営業はまだ目覚めない。
誰も営業を振り向かなかった間に市場が荒れてしまっており、販売数は相変わらず伸びない。河村はプロジェクトで新しい施策を次々と打ち出す一方、営業幹部と得意先ディーラーを訪問し、会社への苦情や意見を拾い上げるなどして結びつきを強めたり、精力的に動いた。

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