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空白の一瞬

更新 2016.03.17 (作成 2005.03.25)

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第1章 転機 6.空白の一瞬

「誰もそんなことを言っているのではない。しっかり在庫を持つとか、売れ筋を優先的につくるとか、品切れを最小限にとどめるべき手当てをするのですよ。それ以上の品切れが多少あっても、この投資を実施するより会社にはプラスではないかと言っているのです」
「せっかく売れるチャンスがあるのにあなたは営業の足を引っ張るのですか。まるで後ろ向きに走るようなものですなア」
浮田常務は、人を揶揄するかのようにうっすらと笑いを浮かべ営業担当役員のほうに目を向けながら言った。
同時に、いかにも自分は営業の味方である、あるいは会社全体のことを考えてのことであるというポーズを取り、営業の役員を味方に引き入れようとするこびた言い方である。
しかし、営業担当重役はかかわりたくないふうで‘だんまり’を決め込んでいる。まるで俺の担当分野じゃないとでも言いたげである。
あらぬ方角からのジャブである。この嫌味な攻撃に普通の神経の持ち主は反撃できない。ウンザリするのである。
しかし、今日の経理担当重役は粘り強い。しかも正論で堂々と押している。
「一時的に、部分的にマイナスになることがあってもいいじゃないですか。トータルでプラスになることが大事ではないのですか」
「広島から山陰分を出荷するとしたら、大型トラックが毎日25台分プラスされます。今のトラックヤードで積み下ろしをするとしたら、トラックが敷地内に入りきれず国道にはみ出してしまいますよ。54号線は大渋滞を起こして社会問題になりますよ。責任取れますか」
またもや責任のすり替えである。
工場から営業拠点までの配車計画は製造部が管理していた。トラックの入庫時間を細かく指定して配車するとか工夫すれば、決してはみ出すようなことはないであろうと誰もが容易に想定できた。それも自分たちの権限の範疇であるにもかかわらず、コントロールできない責任は棚上げにして他人のせいにしてしまっている。
しかし、そんなことは全く意に介さないふうで厚かましく言い通した。鉄面皮、甚だしいかぎりである。
経理担当重役にしてみれば、自分の担当分野ではないから国道にトラックがはみ出すとか、大渋滞を起こすとか想定外の質問をいきなり投げられてもとっさの返答には窮してしまう。
一瞬、空白の時間が流れた。
議論をあらぬ方角にねじ曲げてしまい、迷路のような錯覚にしてしまうのも彼の得意技である。論理のすり替えである。議論が噛み合わない。
他の役員はウンザリといった顔をしており、「話にならない。勝手にしてくれ」と投げやりな気分である。
この一瞬の空白が舞台を回転させた。
社長の小田が議論を拾い上げ、
「浮田常務もああ言っていることだしここは思い切ってやってみよう。名称も山陰工場でいいじゃないですか。何か問題が起きない限りこのまま走ってみましょう」
あっさりと締めくくった。
こうして小田−浮田連合は役員会を押し切り、無謀な投資を決定してしまったのである。
普段、役員会が終わったあとは2、3のグループができ、しばらく立ち話のままその場にたむろしてその日の会議の反すうをしたり、今後の対応を打ち合わせたりと自然に流れていくのであるが、今日は皆そそくさと会議室を後にした。こんな会議からは早く開放されたいと言わんばかりである。

役員会を終えた浮田常務はその足で小田社長の部屋へ直行した。
「いやー。経理の粘りには参りましたよ」
「かなり苦戦してましたなー」
「助けていただいてありがとうございました。社長がおられなかったら、どうなることかと思いましたよ。助かりました」
「いやいや。それより本当に大丈夫でしょうな」
小田が半分真顔で念を押した。
「それは間違いないですよ。私が全部やっておるのですから。まさかあんな人の言うことを信じとられるんじゃないでしょうね」
「そうじゃないが、彼が言うのもまた一理あるじゃないですか。まるっきり的外れと言うわけでもないですからな」
こういうことについては小田も全くわからないほどバカではない。ちゃんとツボはわかってますよ、と念押しをしただけなのである。
「業者はどこを使うつもりですか」
「太平産業を使おうと思っております。あそこが一番気心がしれておりますので」
「競争入札とかはやらないのですか」
「社長、入札なんて手続きが面倒なだけで何にもいいとこがありませんよ」
「コストを下げるとか、何かあるでしょう」
「100億の案件ですよ。1億2億切り下げて、なんとか格好を付けて収めますから」
「キックバックはどれくらいですか」
「土地は無理ですから、建屋建設のほうで3%くらいをみております」
「全部会社に入れるのですか」
「そのへんが社長とのご相談なんですが、いかがいたしましょう」
「ウン。会社へは2%でいいでしょう」
「わかりました。後の1%はうまく処理させます」
「機械はだめなのですか」
「機械は親会社の指定がありまして、機械メーカーの技術水準維持や商品の品質向上の名目で、性能スペックやコストなど結構厳しい監視があるものですから、ここはちょっと無理です」
「ウン。わかりました。まあ、よろしく頼みますよ」
2人は、意味深な含み笑いを浮かべながらうなずき合った。

無謀な投資案件とともに、それぞれが胸に秘めた思惑も走りだしたようである。

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