2016.03.03 (作成 2005.03.07)
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第1章 転機 4.関心を持つ
平田は、外出を上司に断るのに自分で言うのをあえて避けた。
わざわざ出勤しているのにまた訳ありげにどこかへ隠れてしまう。
誰がどう見ても怪しい動きである。それを悟られるのが何となく嫌に思えたのである。
平田はこのように腹を見透かされるのが最も嫌いだった。
逆に自分がよく見えるからである。相手の腹というか魂胆が見えるのである。そのことが平田をして他人をバカに見させている原因の一つになっていた。
相手の腹や魂胆が見えると話をしていてもバカらしくなってしまうのである。
それをオブラートにうまく包み隠して、さりげなくその場を対応しておくということができないのである。ある意味わかりやすい人間であるが、それが欠点でもあった。
上司というのもまた、部下が思っているより以上に部下の動きがよく見えるものである。一段高い視点で見るからであろう。
仕事は順調に進んでいるか、順調に成長しているか。人間関係はうまくいっているか、社内ではどんな人脈を持っているか。などなど、である。
面談のときなどに当てずっぽうで「〜と違うか」などと言うと案外図星のことがある。
席を空けていても本当に仕事の打ち合わせなのか、サボリでぶらぶらしているのか。ひそひそ談話も上司や会社の陰口なのか、ただの世間話なのか、雰囲気で大体わかる。また、それくらいの感性を持っていないと管理職の資格はない。
突然の休みも本当に病気や用事ができたものか、翌日の顔を見れば大体わかる。朝寝坊で遅刻したのでついでに休みにした、ということも結構多い。もっとも証拠はないので頭ごなしの説教はできないが、こんな事例もあった。
平田の後輩で、たまになら見過ごされるのであるが少し回数が重なったので応接室に呼んで注意したのである。
会社はフレックスタイム制を敷いており、出勤時間は11時までなら自由であったが事前に設定することになっている。当日遅れたからフレックスにします、はルール違反である。たまになら許したってかわいいものであるが度が過ぎた。
「朝が弱いんだったら初めからフレックスを設定しておけばいいじゃないか。夜遅くまで頑張っているのはわかるが、寝坊したから休みますとか、しかたなくフレックスにしますなんてことは気持ちが緩んどるからでダラシナイだけじゃ」
この段階で「すみません」と頭を下げた。
ここで終わってはいけない。なじるだけの説教は相手の伸びる芽をも押さえつけてしまう。もう一言、相手の心を元気にする励ましの言葉も要る。
「お前も、もう中堅社員になろうかというところまで来ているのだ。後輩も入ってきたじゃないか。見ているぞ。手本になってやれ」
翌日からピタリと遅刻はなくなった。
部下がどんなに取り繕っても上司には見えているものだ。
ただ、「寝坊したので休みます」と言われるより、嘘とわかっていても仮病を使われるほうがまだかわいい気もするが。
もっとも、本当に忙しいときや期日に間に合わなかったりしたらそんなことが許されないのは当たり前である。部下は、仕事の期日や繁忙くらいは見極めてサボらなくてはいけない。魚心あれば水心である。それくらいの気遣いは信頼関係を保つ最低限のマナーであろう。
中には部下に全く関心を示さない管理職もいる。
部下がどんな状態なのか、何に悩んでいるか、どうしたら伸ばせるか、など、全く無頓着な人がいる。
そのくせ、仕事の結果だけはやたらと求めてくる。まるで己の点数稼ぎしか頭にないかのようである。こうなると適性の問題である。
こういう管理職の下では部下も上司に対する関心をなくし、やがて業績にも関心をなくしてくる。部下も不幸である。
こんな管理職は部下の管理をしなくていい専門職か専任職へ変わるべきだ。
だから、複線型の人事制度は必要なのだ。
4、5人程度の課レベルなら専門的知識や技能だけでも引っ張っていけるが、少し大きくなるとやはり管理職適性が影響する。
豊岡が切り出した。
「お前、今の会社をどう思うか。このままではつぶれるぞ」
豊岡がつぶれるぞと言ったのは話の取っ掛かりとして大げさに言ったまでで、今すぐにもつぶれるというところではまだない。
だが、業績は振るわず、6月中間決算の内容や販売状況から今期の赤字決算はどうしようもないところまできていた。