更新 2015.08.14(作成 2015.08.14)
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第7章 新生 69.D総研
2年ほどさかのぼる。
親会社のマル水から赴任してきた社長の竹之内は、新田一人を残し他の役付役員3人を関係会社に出し内部体制を固めると、マル水の社長である坪枝から請け負っている密命を実現するため行動を開始した。
それがD総研への業務依頼だ。
D総研は、リサーチ、コンサルティング、システムインテグレーションの3事業をコアとするD証券のシンクタンクだ。
竹之内は東京のD総研本社を訪ね、社長とリサーチ事業本部長、コンサルティング事業本部長の両執行役員を前に合併相手を探してくれるように依頼した。
D総研を選んだのは、市場リサーチ力と合併事業を推進するコンサルティング力の、両方のノウハウを持っているからである。
D総研のコンサルビジネスは、お互いのニーズを結びつけるだけでなく高い確率で成功させている実績があった。
「中国食品さんのほうで何か条件のようなものはありますか」
コンサルティング事業本部長が事務的な口調で尋ねた。
「そうですね。まずは生き残りのためというような守りの合併にはしたくありません。合併によってお互いの価値が生かせて、相乗効果が発揮されるような相手をお願いします」
「はい。合併の基本的目的ですね。そうなりますと同業種がいいですね」
「はい。そう願います。そうしないと恐らくわが社は呑み込まれます。同業種の中で我々の価値を引き上げてくれるようなところ、それでいて対等合併になるような、と言えば虫がよすぎるでしょうか」
「会社が存亡の危機に瀕しているのなら吸収合併もやむを得ないでしょうが、御社の場合は極自然で当然の条件です。ただ、対等とか吸収とかは大体トップ同士の心意気の内で決まることが多いですので、今回は私どもがリサーチする上での仮条件としてのみお聞きしておきましょう。そうしませんと相手を探す時、相手から合併の形式を問われた時返答のしようがございますので」
「はい。やはり吸収合併というのはわが社の価値を叩き売りするようで耐えられません。対等合併であれば株式の交換比率は1:1でなくとも構いません。合併会社で役員とポストが対等であれば結構です。それから管理職の重要ポストも互角になればいいと思っております」
「御社の株価が釣り上がるような強い相手で、と言っても呑み込まれるのはゴメンだと」
竹之内は黙ってうなずいた。
「はい、そういうご意向は承った上でリサーチいたしますが、簡単そうで結構難しい条件なんですよ。相手は呑み込もうとしますから」
「そうですね。まあ、一応私どもの腹積もりをお話しておこうと思いまして」
「はい、承りました。胆に銘じてリサーチしてまいります」
竹之内にしてみれば、マル水への忠誠心とこれが最後の恩返しの気持ちからどうしても合併条件は譲れないものがあった。
これは、マル水ができるだけ高い価格で株を譲渡しマル水再生のための事業資金をできるだけ多く手にしたいがための戦略で、そもそもの合併話の発端である。
「できるだけわが社が高く売れる相手。つまりわが社の株価が上がるような相手」を探してほしい。その気持ちが全面に出た業務依頼だった。
「存続会社は相手方になってもかまいませんか」
「特に拘りはありません」
どうせマル水が株式を手放すつもりなら存続会社に拘ってみても意味がない。売る相手によっては自分たちは株主の後ろ盾を失うことになるのだ。
「期日はいつ頃まででしょうか」
「まあ、できるだけ早いに越したことはありませんが、ここ1、2年の内にまとまればいいかなと思います」
「わかりました。できるだけ早いうちに探しましょう」
「それから、社内コンセンサスというか意思統一というか、そういう文化がまだできておりません。それでそういう合併の手順とかムードみたいなことをプロジェクトメンバーにレクチャーしていただきたいのです」
「はい。それはぜひそうさせてください。合併相手を探すためには、まず御社をつぶさに分析させていただかない事にはどんな相手が相応しいか検討もつきません。いろいろな資料を分析しながら御社の価値を見積もらなければなりません。その上で合併までのロードマップを練り上げてご提案申し上げます。それをベースに社内コンセンサスを構築していきたいと考えております。並行して合併相手を探してまいります」
「そうですね。随分時間も掛かりそうですね」
「はい、精力的に進めてまいります。それで早速ですが、窓口はどちらになりますか」
「総合企画室があります。私のほうから連絡を入れるように伝えておきますので、後はコンサル実施の手順だとか契約とか、実務レベルでお願いします」
「わかりました。それではよろしくお願いします」
こうしてD総研が白羽の矢を立てたのが、近畿フーズ株式会社である。
近畿フーズは、大阪、神戸、堺、京都、滋賀など、まさに近畿地方を商圏とする総合食品会社で、大都市の人口密集地をエリアに抱え効率よく事業を展開し、業績も良かった。さらに好都合だったのは商圏が隣接しており、市場拡大にはもってこいのシチュエーションだ。一部境界で重複しているところもあったが逆に合理化の含みがあった。
中国食品との対比では、売上が約2倍、最終利益が約3倍、資産規模は約2.5倍、社員数2倍、平均年収約1.5倍。ただ、役員報酬は2倍の開きがあった。
ただ近畿フーズもここまでは順調に業容を伸ばしてきたものの、創業45年を超え多くの企業と同様に経済環境の大きな変化の前にその勢いに陰りを見せていた。
経済はグローバル化し、もはやどぶ板営業でシェア争いしている場合ではない。現状を打破したいと考えるのは中国食品と同じだった。
業績を伸ばすには他エリアへ進出するしかない。だが、そうすれば価格競争は絶対起きる。それでなくてもデフレで単価は抑えられている。価格競争を起こさないで市場を手に入れる方法はないか、その手掛かりを欲しいと考えていたところにもたらされたのが中国食品との合併話である。近畿フーズには渡りに船だった。
新田を筆頭に、総合企画室は1年に渡りこの会社を相手に合併条件を交渉してきたのである。