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最初の事案

更新 2016.06.27(作成 2015.05.15)

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第7章 新生 60.最初の事案

それから程なくして梶原が、してやったりと自信なげの半々の顔をしてやってきた。
「やあ、いらっしゃい。上手くいきましたか」
平田はわざと陽気に出迎えた。
「はい、どうも」
その反応に平田は“こりゃだめだ”と感じた。
「実はですね。お願いがあるのですが」
交渉だ。言いたいことがあれば何でも言え。平田はそんな気分だった。
「この1カ月単位というのを2カ月になりませんか」
平田が言っていたのは年金化ということで1カ月ごとに振り込まれる仕組みにしてほしいと言ってあった。それを2カ月ごとと言ってきたのだ。
「そりゃいいですよ」
平田は即答した。2カ月くらいなら金を半分にした家計生活を送ればいいことだ。それくらいなら、いかにわが社の社員といえども自己統制できる。3カ月ではちょっと面倒くささが出てくる。額も大きくなって胆が太くなる可能性もある。
「ありがとうございます。それでしたら何とかやれそうです」
「おーっ、そうですか。そりゃーありがたい。それで大口定期の金利適用もオーケーですね」
「いえ。それが、そちらのほうはまだ許可が出ません」
「何を言っとるんですか。それじゃ何も進んでないじゃないですか。月々の仕組みだって私の提案に乗っかっているだけで、それも2カ月に後退しているしあなた方は何も努力してないじゃないか」
平田は少し気色ばんだ。
「しかし、元々こんな仕組みはありませんので」
「何を言ってるんですか。期間にしても金利にしても、あなた方が勝手に決めて全支店にこれで営業しろと投げているだけでしょ。それじゃ、わが社のこの10億に対してどのような金利を付けるのですかと問うているんですよ。どうしてそれができないんですか」
20人そこらの人事部内に平田の声が響いた。
「いえいえ、私たちというより本社のほうで決めているもので、どうしてもうんと言わないのですよ。随分交渉しているんですがね」
「支店内はどうなんですか。支店はOKですか」
「はい。支店長は支店会議で受けようと宣言してくれています。そもそも支店会議に登ること自体異例のことなんです」
「それでも本社はうんと言わないんですね。わかりました。それじゃ本社の担当者を来させてください。あなたでだめなら本社と掛け合います」
「えー」梶原は素っとん狂な声を発した。
「どうしても私が来いと言って聞かないと言ってください。下手したら幹事を外されるかもしれんと。私は本気です。遠くに隠れて顧客の真の顔も見ないで何もやろうとしないのは卑怯者だ。私は怒っています」
交渉の本質は脅しだ。いよいよの決断はどっちがどれだけ何を失うかである。
この恫喝が効いたのか1週間後、梶原は本当に本社の堤裕而を連れてきた。平田は梶原を締め上げることで東京の本社が動いてくれることを期待したのだが梶原は正直に本社を連れてきた。それはそれで梶原の生真面目さが際立つだけで、裏返せば実の無さを感じさせた。しかも年金コンサル担当である。リテールの企画担当か、業務推進担当だろうと思うのだがなぜか年金コンサル担当である。梶原の無理が利くのはここしかなかったのかもしれない。
堤は40前後だろうか。名刺には年金信託部業務推進室コンサルティング第2チーム長の肩書が付いていた。一般企業の課長クラスだろうか。
F信託銀行は事業分野だけで、リテール事業、ホールセール事業、証券代行事業、不動産事業、受託事業、マーケット事業と、大きく6事業に分かれてある。受託事業はさらに30部くらいに分かれており年金信託部はその中の一つだ。
年金信託部は本社機構だけで340〜50人はいる。その中で最も多いのが前出のSEグループだ。130人以上いる。次に多いのが資産運用室で、預かり資産の管理運用を行っている。コンサルチームなんて可愛いものだ。チームは2つあるが、堤のチームはその中の1チームで直接の配下は12人いる。年金に関する精鋭たちでこの12人がコア人材だ。その他、全国の各支店には年金営業部隊が5〜10人程度ずつおり、彼らは支店の配下にあるが戦略や作戦面で年金信託部のコントロール下にある。この年金営業部隊に従来からの年金営業担当とコンサル担当があり、梶原はコンサル担当だ。
堤は若いだけあって紋切型の長々しいあいさつはしなかった。情を頼りの人間関係ではなく、ビジネスライクを好むようだ。
平田もそのほうがやりやすい。ベタベタした人間関係は好きじゃない。
時期が時期だけに平田は愛想笑いもしにくかった。殊更平静を装って名刺を交換した。
「この度は梶原がご迷惑をお掛けしているようで……」
「いえいえ、梶原さんはよくやってくれていますよ。支店で裁断するには事がちょっと厄介なだけですよ。しかしまあ、今日はよく来てくれました」
「はい。私たちもコンサルとして立ち上がったばかりで、まだ十分お客様のニーズに応えきれなかったり混乱しているところもあります。今日はじっくりとお話を聞かせていただければと思います」
堤は、この10億のためだけに来たのではなく、たまたま他の案件にからませてきたのだ。
「なに、会社にとっては何も得なことはないのですが社員のためにしてやりたいだけのことなんです」
「なるほど。そういう狙いなんですね」
「はい」
「今回の件は、私たちの最初の事案になるかもしれません」
「でもこれは年金事業じゃなくて、リテールの一般銀行業務でしょう」
「よろしいじゃないですか。お客様の問題を解決するのがコンサルの役目です。お客様の問題が解決するのなら私たちが預かって、広島支店独自の商品にしてもいいわけです」
「なるほど」
梶原よりよほど話がわかるようだ。
平田はかいつまんでこれまでの経緯を説明した。

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