農協

川岸は一縷の望みを抱いて教えられた道を10分ほど辿った。
北播磨地区の農協はJAみのりと言って三木市や加東市など4市町を事業エリアとする農協で、各地に支店やセンターがある。川岸が着いたところは吉川支店だった。
「こんにちは」
川岸は窓口の女性職員に向かって名刺を出し、「山田錦についてご相談がありまして……」と簡単に用事を伝えた。
「はい、ちょっとお待ちください」
山田錦と聞いてその女性は普段の米の売買ではなく、自分の手に負えないと思ったらしく、名刺を持って奥に入っていった。
しばらくすると女性職員から引き継いだ40前後の男性職員が、川岸の名刺を両手に持って前に出てきて接客用のカウンター越しに、
「はい、どのようなご用件でしょうか」と応対してきた。
「あっ、お忙しいところ申し訳ありません。実は山田錦が少し欲しいのですが、何とか分けてもらえないものかと思いましてお伺いしたわけです」
川岸は、素人呼ばわりされたことが心の隅に刺さっており、ここでも同じ見方をされているかもしれないと思うと少し忸怩たる思いがし、つい馬鹿丁寧な言葉使いになってしまった。
「山田錦ですか」
担当者はどうしたものかと困った様子で小さく呟いた。
ただ、この反応は100％不可能を伝えるものではなく、ほんのわずかだがやり方によってはその可能性がどこかに残っている事を感じさせるものだった。
「はい……」
川岸はゆっくり頷いて見せた。
「あのー。ご存知かどうか知りませんが、この辺は昔から村米制度と言いまして全量蔵元が買い取る仕組みができております。それで在庫というか備蓄米は一粒もないんですよ」
「やはりそうですか。制度のことは先ほど農家さんに教えてもらったのですが、それでも農協さんには少しは備蓄があるかと伺ったもので」
「いえいえ。私たちは本部からの指示で動いておりまして、農家さんの米を全量買い取って指定された蔵元さんへ納めるだけなのです。ここには一粒も残っておりません」
「それじゃ、本部に行けば何とかなりますでしょうか」
「いやー、それも無理でしょう。本部はスルーするだけで、米は私たちが直接蔵元に納め切ってしまいます。ちょうど今頃は仕込みの真っ最中でしょうよ。まあ、なにか情報位はあるかもしれません」
「来年の分ならなんとかなりますでしょうか」
「ウーン」
その担当者はそう言って考え込んだ。
「それもわかりません。全部本部が仕切っていますので私たちにはわからないんですよ」
支店というのは物流センターか配送センターのような役割なのかもしれない。大事な商談は本部が一括で握っているらしい。
「そうですか。それじゃどうにもなりませんかね」
「どうなるか私にもわかりませんので迂闊に断言できません。どうでしょう。本部へ行ってみられては」
「行ってもいいですかね」
「いいも悪いも行ってみにゃ話にならんでしょう。わからん者同士が話してもしょうがないですから責任者と話してみてください」
その言い方には親切心が半分と、そろそろこの話から解放されたいという気持ちが半分感じ取れた。
「わかりました。どなたを尋ねたらいいでしょうか」
「そうですね、営農推進企画課長の杉山を尋ねてみてください。彼が全てを取り仕切っていますので。まあ、どっちに転んでもハッキリするでしょう。来年の分もわかると思います」
この係員はこの課長の指示で動いているらしくすぐに名前が挙がった。
「突然伺っても大丈夫ですかね」
「大丈夫ですよ。なんなら電話してみましょうか」
余程気安い関係とみえて、川岸の思いつめた気持ちとは反対に軽い調子ですぐ近くの受話器を取った。
「いいそうです。行ってみてください」
その係員は親切に道順まで教えてくれた。
「ありがとうございました。こういうことがわかっただけでも勉強になりました。本当にありがとうございました」
川岸は丁寧に礼を述べて支店を後にした。

農協というのは組合員の出資によって成り立っている協同組合である。農畜産物の共同購入、共同販売のほか、農機具、農薬、肥料、等の他、農業用設備資材や生活物資の販売、あるいは貯金や貸出の信用事業や、生命、建物、自動車等の共済事業など幅広く事業を展開している。
全国では准組合員を入れると1000万人近い組織である。
市町村単位で構成されているのが基本であるが、事業内容や目的によって県単位や、全国組織のネットワークが構成されている。
JAみのりは兵庫県の加東市に本部があり、組合員数3万人以上を抱え、従業員600人以上、総資産4000億円以上の大企業だ。
加東市は吉川町から西に30分ほど走ったところにある。あちこちするようだったが今の川岸にはなんでもなかった。明日の会社の命運が掛かった危急存亡のときなのだ。気持ちは昂るばかりだった。
JAみのりの本部は6階建ての洒落たビルで、高さは6階建だが建坪が広くとってありどっしりと落ち着いた建物で駐車場も広かった。