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ハーモニー

更新 2014.07.25(作成 2014.07.25)

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第7章 新生 31.ハーモニー

こうした検討を繰り返し行っているとき、久し振りに新田から呼び出しが掛かった。
行き過ぎた考え方をしていないか、方向性は間違っていないか。基本コンセプトが固まる前に一度確認しておきたい。そう思って新田は平田を呼んだ。
基本コンセプトが固まるのは、プロジェクトでの必死の議論の積み重ねと、こうしていろんな人の意見を取り入れ、曲折を経た結果なのだ。
「どうだ、退職金は進みよるか」
「はい、なんとか。死に物狂いでやっています」
久し振りの対面に平田は少しおどけて答えてみせた。
「今はどんなことをやっているんだ」
「はい。まず基本的考え方として退職金とは何かとか、どうあるべきかとか、そんな基本コンセプトを検討しています」
「それでお前はどう考えている」
「そうですね。まず、退職金はある程度の金額を出さないといけないと思います」
「それはなぜだ」
「はい。退職金の意味合いは大分変わってきましたが、やはりまだ日本では労働慣行として根強く残っていますし、わが社だけ突飛な考えはできにくいかと思います。そんな労働市場で優秀な社員を確保し繋ぎ止めるためにはある程度の金額は必要だと考えます。年金原資としての役割も増々重くなっています」
これは退職金を考えていく上で平田が感覚的に嗅ぎ取った結論だ。そこにどんな理屈をつけてもこの要件が伴わなければ成り立たないと感じ取ったものだ。
なぜ平田がそう考えたかが知りたかったのだろう、新田もそれには特に異論をはさまなかった。むしろどうやってということのほうが大事なようだ。
「どんな方式を考えている」
「はい、成果主義を標榜していますから貢献度評価として資格によるポイント制を考えています。仮に3000万円としまして資格ごとに設定しますとかなりインパクトのあるものになろうかと思います」
「全額か」
「はい。今のところそう考えていますが、あと役職ポストも加味してもいいかと思います」
「ウーン。俺はな、生活保障の要素があるとするならば年齢ポイントを設定すべきだと思うがどうかのう」
「そうですか。ここは前にも少し議論したところですね。あのときとお考えは変わってないですか」
「うん。やはりこれは大事なことのように思う。お前も変わらんか」
新田は薄く笑っている。
「いえ。私はこだわりはありません。人事制度全体の中で最も収まりのいいところを考えています。なんせ退職金は重いじゃないですか。扱い方一つでクーデターが起きるかもしれません」
「そうなんだよな。だから慎重にいかんといかんが会社はここに手をつけないといけないところに来ている」
「そうですか。私としましても人事制度の改定で自立ということを標榜していますから退職金も変えないと仏作って魂入れずになってしまいます。退職金が本丸です」
「うん。変えるのは間違いない。これはぜひやってもらわないと困る」
「はい。それで自立した働き方というテーマの中で退職金は資格基準かなと思います。資格は誰でもある程度上がっていきますし安定感もあります。実力差も反映されますからいいと思いますが」
「安定感……。はっきり表したほうが良くないか」
新田は安定感で言葉を噛みしめるように切った。
「はい。例えばどのようにでしょうか」
「うん。物事にはなにごとにも陰と陽、正と負があることは前にも言ったと思うが、この退職金も同じだ。実力、成果の部分と生活を安定させる部分とバランスよく配置することが社員の心を安心させ、かえって仕事に没頭することができると思う。やれ実力じゃ成果じゃと煽り立てられるばかりより落ち着いて仕事ができると思うがどうか」
新田は、何だかんだと言いながらその考えの中には中庸の精神が貫かれており、バランスよく物事を収めていく独特の感性があった。
平田は、新経営体制の中で新田一人が専務として生き残ったのもこんなセンスが信頼されたのかなと思う。
「はい。賃金においても年齢給は設定しておりますから制度的には決して矛盾はありません。退職金をポイント化する場合の要素は年齢、資格、役職位、評価などが考えられますが、私は資格と役職位が今回の制度理念に一番マッチするかなと考えます。さすがに毎回の評価は姑息すぎると思っています」
「それに年齢を入れたらどうなる」
「資格、役職、年齢ですか……」
平田はとっさに制度の構成をイメージした。
賃金のバランスからすると、ほぼ半分くらいを年齢ポインントで占め、3、4割が資格ポイントになり、残りが役職ポイントということになる。役職は付く人も付かない人もいる。それにどうせウェイトは大したことがなくなりインパクトは低く、会社のいじましさだけが際立つ。
「俺はな。社員には上昇志向も持ってもらわねばならんが、それは仕事の結果として付いてくるものであって立身出世ばかりを追い求めてもらっても困るんだよ。それは本末転倒だ。会社がそこを前面に押し出していいものだろうか」
「なるほど、そうですね。私も制度全体のバランスをイメージしていたんですがあまり意味がないようです。やめましょう」
平田も思い込んだら決断は早い。
「うん。それでどうする」
「はい。資格と年齢でどう配置するかを設計してみます」
「うん。そうしてくれ。できたら見せてくれ」
どちらかというと理想に走りがちな平田を新田はバランスよくコントロールし、理論が先行しがちな平田の制度感に新田の経営者としての現実的為政感が次第に刷り込まれていった。
そこに藤井のコンサルタントとしてのコーディネートが加えられ、制度としては絶妙なハーモニーを醸し出す。

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