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伏兵

更新 2012.12.14(作成 2012.12.14)

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第6章 正気堂々 66.伏兵

人事制度見直しの入り口で環境分析や課題形成のとき、多様化の許容だとか個人が働きやすい環境の整備などコース別社員制度の必要性をしっかりと認識しメンバー全員で確認したつもりだったが、平田の意識の深層では男女の区分けは根強く残っていた。
それに、工場にいるときも人事に来てからも「俺たちばかりがなぜ動かされる」との不満はよく聞いており、「異動」にまつわる不平等は何らかの方法で解決すべきだとの思いが根強くあった。
そんな平田だからいざコース別社員制度の構想に入ったとき、人材区分を総合職と一般職の2系統を軸に「転勤有り無し」を基準に組み立てるべきだとの発想がまずあった。
ところがその考えに思わぬところから伏兵が出てきた。
若手社員からの突き上げだ。
「コースの区分けは転勤有り無しだけですか」
「ウン?」
平田は“なんでこいつが”と不思議だった。
「そんなコースなら要りませんよ。もっと仕事内容とか育成方法とかで分けるべきでしょう」
5、6年前に入ってきた製造部の男子社員だが、国立大を出た新進気鋭のエースで若いだけに元気がよく、怖いもの知らずで思い切った政策を提案する戦略家だ。若いながら今や製造部のオピニオンリーダー的存在になっており、よく勉強しているから人事のありようについても一家言持つに至ったようだ。
平田の考えをどこかで漏れ聞いたのだろう、平田の側にコーヒーを持ってきて座り気炎を吐いた。
「転勤だけだなんてつまらんじゃないですか。もっと内容あるコース区分けをしましょうよ」
「なんでそう思う?そんなに難しく分ける必用があるか」
「だってどこの会社もいろいろ工夫しているじゃないですか」
「そりゃあ、大手はな。しかしうちみたいな会社はそんなに分けるほど人がいないじゃないか。うちには営業と製造と事務しかない。しかもこの3事業で人の移動が起きるから処遇の差を設けるわけにはいかない。そうすると転勤するかしないかしかないじゃないか」
「男女はどうするんですか。もはや法律への対応は逃れられんでしょう」
「だから女性が補助職の転勤なしだよ」
「補助職に押し込めるんですか。かわいそうでしょう」
「かわいそう?」
平田は驚いた。かわいそうということは、本人の意思に反して理不尽を強いられているときである。今のわが社の女性社員たちに男性と同じようにキャリア志向があるのか。処遇の格差だけをあげつらうのはわがままでしかない。
「今の女性社員は能力もあるし上昇志向を持っていますよ。営業だって、女性の特性を活かしてきめ細やかな気配りのできた営業をしたいと言っているじゃないですか」
若手社員はなおも食い下がってきた。

このころの平田は女性に対し不思議な感情をもっていた。
社内の女性群を見ていると3つのタイプに大別される。一つは若くて独身のいわゆるOL然とした女性たちだ。大半がこの部類に入る。彼女たちはいずれ結婚もしくは子供ができたら退職する。それまでのアルバイト的腰掛勤務だ。独身だから勤務地は親元以外でも構わないが親元を離れてまでも勤めたくもない。できれば地元が楽でいい。重い仕事も敬遠気味だ。
もう一つは既に結婚し家庭もあるが親兄弟の助けによるのか、あるいは保育園、児童館に子供を預けて働いているママさんたちだ。家庭があるから定時退社を旨とし、周りもそのように気を回す。彼女たちが家庭を犠牲にし、総合職としてどこでも何でもやる気があるとはとても思えない。これほど恵まれた家庭環境にある人はほんの数人だ。
もう一つは、なかなか良き伴侶が見つからない独身貫きタイプだ。自然と経験豊富になり、会社からも重宝がられ消去法的にキャリア組に組み入れられているわずかな人たちだ。積極的にキャリア組になったわけではない。ただ、どうせ同じ働きなら総合職に転換し給与だけでも多くもらったほうが得だと考えている。
このような女性たちに本気で自分のアイデンティティを主張する気があるのだろうか。それともごく最近の若い女性にはそんな意識の芽生えがあるのか。平田は迷っていた。

「俺はな、能力うんぬんではなく意識の問題だと思っている。俺は今まで、女性社員から総合職的な働きがしたいなどという話は聞いたことがない。彼女たちはやはり補助的な働き方であまり重い仕事はしたくなく、華麗に働いてアフター5を楽しみ、いずれお嫁に行って家庭に落ち着く。そんな意識だと思うがな」
「そりゃあ、平田さんが若い女性と話をしないからですよ。人事部の女性とだけ話していてはだめですよ。たしかにそんな女性が多いのも事実ですが、中には自分の力を試してみたいと思っている女性もいるんです」
「まあな。おれは女には持てねぇからな。話す機会もないのさ」
平田は皮肉を込めて冗談に返した。
「だがな、俺だって単純に転勤するしないだけを考えているわけじゃないぜ。社員をどう分類するかを考えている。転勤するしないはその中の大きなファクターの一つとして考えているということだ」
「一度アンケートでもとってみましょうよ。1人2人じゃないはずです」
「アンケートはわからんが、制度の見直しの原点に立ち返って問題点、課題のほうからもう一度考えてみよう」
人事制度のメインテーマであるだけに慎重が期される。
「ところでお前はコース別がなぜ必要だと思う?」
「私は要らないと思います。総合職1本でいいと思います」
“なるほど。基本はそうか”
「じゃあ、転勤はどうする」
「みんな転勤すればいいじゃないですか。嫌な人だけに特殊コースを用意してあげたらいいと思います。ベースは総合職です」
「だったら、俺と同じじゃないか」
「いいえ。ヒーさんのは初めから男女ありきですが、私は総合職1本です。そこが違います」
「なるほど、そうかもしれんな」
「あとは会社の都合でしょう。法律への対応とか人件費の効率使用とか」
「わかった。そんな単純ではないが、ベースについてはそれで考えてみよう。ただ、女性たちがこれにどれだけ反応するかだな」

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