更新 2016.05.27(作成 2011.04.15)
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第6章 正気堂々 6. 新たな出会い
研修センター建設は着々と進んでいた。そんなころ、平田に新たな出会いが訪れた。
以前、教育課長の佐々木が言っていたコンサルタントの藤井信彦との出会いである。
お互いに「会おう」という意思でスケジューリングしないから、忙しさもあってなかなか機会が生まれなかった。かれこれ数カ月経っていた。
「ヒーさん。チョット時間がないかね」佐々木が声をかけてきた。
タイトなスケジュールの中で、やっと余裕ができたのだろう。
「以前、言っていた藤井さんが来とるんやが会ってみんかね」
「お願いします」
平田は名刺入れとメモを持って応接コーナーに佐々木の後を付いていった。
藤井は、人材開発、社員教育を主としたコンサルタントで、30才ころまで大手教育機関に勤務していたが、会社の営業姿勢が自分の信条と合わなかったため退職し、今は東京で教育コンサルタント会社を立ち上げている。誠実な人間性で顧客の信頼を勝ちとり、順調に業績を伸ばしていた。経営基盤も徐々に固め、社員も4人に増やして今年から有限会社に切り替えている。
大手コンサルタント会社が自分の会社の得意制度を売りつける押し込み営業であるのに対し、彼の方針はあくまでも顧客の状況、ニーズを丁寧に聞き、それに応じた最適の解決を提案する営業姿勢で、堅実で誠実なコンサルタントに定評があった。
顧客の状況、ニーズに丁寧に対応するあまり、それが高じて教育のみならず人事制度や経営方針などにも関与するようになり、今では総合経営コンサルタント的性格を帯びていた。
もっとも、経営方針や人事制度と教育方針は密接に関連しており、それらを無視した教育コンサルはあり得ない話ではあり、自然な流れでもある。
年令は34才と若く、油の乗り切った働き盛りである。経歴からもわかるように信念を曲げない芯の強さを持っているが、物腰柔らかく、力みやてらいもなく、平田は一目見て気に入った。
藤井は名刺交換が済むと会社案内のパンフレットと、前会社の営業姿勢が我慢ならなかった反骨心など、面白エピソードを交えて照れながら自分の経歴を簡単に紹介した。
平田もつられて常務と喧嘩し左遷させられたことや、組合経歴などを紹介した。そのことが藤井の裃を脱がせたらしく、最初から虚心坦懐に胸襟を開いてくれた。
佐々木は2人を引き合わせると、「それじゃ、後は2人でゆっくり話してや。俺はこれで……。それじゃ、研修のことはお願いします」と出ていってしまった。
藤井は、立ち上がって丁寧にお辞儀をし、
「わかりました。またご連絡します」と見送った。
平田も「ありがとうございました」と後ろ姿に声を投げた。
二人きりになると改まった空気がその場を支配した。平田は必死で何か言葉を探した。
「藤井さんあたりにしてみると私の疑問なんておかしいかもしれませんが、私は人事を何とかしたいと思っています。ですが、納得できる解が見つからないんです」
「いえいえ、おかしいなんてことはありません。私も勉強中なんです。途中で会社を抜けましたから全ての解決策を自分で構築しなくてはなりません。大手の会社は一つのロジックとパーツをそろえて、それを多少カスタマイズするだけで言葉巧みに相手会社に押し込んで平気です。最後は経済的合理性だけで逃げます。それでうまく行かなかったときは運営が悪いと相手のせいにします」
藤井は会社を辞めた原因らしきを語ったその上で、
「私はロジックもパーツもオーダーメイドでなくてはコンサル業は成立しないと考えています。会社ごとに業態も収益性も社員気質も経営方針も全て違うのに一つのロジックだけを押し付けるのは間違いです。だから私は、企業さまから相談を頂くたびにいつも0からスタートします。何に悩んでおられて、どこに問題があって、何が原因で、どう解決したいのか。そこに行くにはどうしたらいいか。問題解決に必要なロジックやパーツを全てお客様ごとのオリジナルに工夫し開発しています。私たちにはその体験をいかに蓄積するかが財産なんです。つまり、お客様の問題を解決するためのノウハウを充実させることが私たちの財産なんです。一緒に成長させてください」と、凡そ営業らしからぬコンサル姿勢を訴えた。
職能資格制度にどこか違和感を抱いていた平田は、この藤井の考えにわが意を得た思いがした。
佐々木が平田に引き合わせるのに言ったのであろう、藤井はこう尋ねた。
「チョットだけお聞きしたんですが、佐々木課長も、平田さんがせっかくこんないい職能資格制度を作ったのに何に悩んでいるかわからないくらい途方もない課題に取り組んでおられるとか」
「いやいや。大したことではないと思うんですが、自分ではどうしても納得がいかないだけです。それと問題の整理がつかないんです」
「良かったら、聞かせていただけますか」
「簡単なことなんですが、人事って会社の中で一番大事なところです。ところがわが社の人事には何もないんです」
「何もないとは、どういうものがなくて、どういうものが必要なんですか」
「単純に、私が一番疑問に思っているのは、例えば異動のとき優秀な人が優秀なように評価されて昇進していくようにならないかってことなんです」
「なるほど。今は優秀な人が正当に評価されてないということですか」
「例えば、課長や所長と同じ管理職能に係長や極端な人は主任もいます。なぜなんでしょう」
「なぜ?」藤井は聞き直した。
藤井にしてみても、職能資格制度の組み立てロジックをしっかり承知しているから当然ありうることだと思っていた。ただ、全体的に職能資格制度が年功的運用に流される傾向にあることに、年功処遇からの脱却というパラダイムチェンジの役割にはある種の限界も感じていた。