更新 2012.09.14(作成 2012.09.14)
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第6章 正気堂々 57.阪神淡路大地震
鏡開きが過ぎ、正月気分も人事異動で揺れた社内ムードも落ち着きを取り戻した17日のことだ。朝の6時少し前ころだろうか。平田は朝のまどろみの中でそろそろ起きなければとベッドにうつ伏せたときである。
ガタガタガタッと大きな揺れが来た。かなり大きな揺れであるがこれまでの経験から震度2、3くらいだなと判断できた。これくらいの揺れならなにも心配いらない。今までにも何度か経験している。被害にも遭ったことがない。そう思ってベッドの上に起き上がった途端である。さっきの倍くらいはありそうな揺れが来た。ベッドから転げ落ちそうになり、思わずヘッドボードにしがみ付いた。
これが阪神淡路大震災だった。その余波が広島まで伝わってきたのだ。
「おい。大丈夫か」
平田はすぐに家族を確認した。妻は既に起きていてこれから朝食の支度をするところだったらしく、青ざめた顔をして「怖かった」と台所の隅でしゃがみこんでいた。
いつもなかなか起きてこない息子や娘も、「怖かったねー」と目をパチクリさせながら寒そうに起きてきた。
幸い家族や家に被害はなかった。
中国地方は日本の中で最も地震の少ない地域で、これほどの地震も珍しい。
すぐにテレビを点けたが、神戸地区で大地震があり、広島では震度3の揺れがありましたという程度で、まだ災害の大きさは報道されていなかった。さっきの揺れが阪神淡路大地震の余波だったことを、このニュースで知った。
“ここまで伝わってくるのか。神戸からの余波であの大きさなら余程大きな地震だろう”と想像するが、まだ詳細な情報は伝わらない。
平田家では朝はテレビは点けない。新聞に目を通すのが日課だ。報道を確認すると朝の一コマはそのまま何事でもなく片付けられた。
いつものように家を出たが車でのニュースは段々と事の重大さを報道し始めた。
道路はかなり混んでいる。昨年度アジア大会のために開通したアストラムラインは、大会も終わり平常運転を続けていたが今日は地震の影響を調べるために一時運転を見合わせているらしく、そのとばっちりで道路が混んでいた。
いつもより少し遅れて会社に着いたが、社内には緊張と不安の空気が満ちていた。
既にテレビが点いており、どのチャンネルも臨時ニュースで地震の凄さを伝えていた。
後日の集計では、死者6,400人以上、家屋の被害、全壊10万棟、半壊14万棟だとか。
今は映像だけが惨禍を伝えている。どこかの戦争報道よりも凄まじく、これが現実の世界かと目を疑う。
日本の一つの代表的大都市が壊滅した。
自然の強大な力の前に人間の営みがいかに小さなものであるかを思い知らされるもう一つの光景がここにある。
平成2年に何百年振りに噴火し、平成3年から7年にかけて活動を活発化させた普賢岳だ。皆さんもよくご存知のように火砕流で深江町という町全体が埋もれてしまったことはまだ記憶に新しいところだろう。今では水無川流域に砂防ダムや火砕流の導流堤が築かれている。
雲仙は豊かな温泉と美しい自然に恵まれたキリシタン秘話の町である。雲仙温泉までの峠道からの眺望は、遠く天草の海が臨めてロマンチックで美しい。どちらかというと女性的な優しさを醸す優雅な景色だ。仁田峠からのパノラマは、メルヘンの世界にでも入ったかのように息を呑む美しさだ。
ところがここは活火山だ。一度牙を剥くと全てを飲み込んでしまう。その暴威を目の当たりに見る景色が、仁多峠から更にロープウエイで登った展望台からの眺めだ。
目の前に普賢岳がそそり立ち、そこから吐き出された溶岩流が深江町を一気に飲み込んだ様子が一望できる。その大きさたるやまさに大河である。いや、うねうねと裾野まで続く禍々しい溶岩流の跡は巨大な龍か大蛇にも見える。
はるか下流域に築かれている砂防ダムや導流堤が、まるでおもちゃのようで、気休めにしか見えない。今一度山が噴いたら一溜まりもあるまいと思われる。これが人間の限界だろう。自然の前には人間の営みのなんと非力なものであるかを思い知る。
このたびの東日本大震災は更にひどい。近代観測史上最大だそうな。震源地とメカニズムが海の中である以上、津波からは逃れられない。東北地方の沿岸部の町の全てを、まるで鴻大なブルドーザーで押し潰すように巨大津波が無慈悲に飲み込んでしまった。町という町が壊滅し、死者、行方不明者19,000人、建物の全半壊39万戸以上という。かけがえのない命と大事な財産が一瞬のうちに失われた。
さらに原発から漏れた放射能が、地震からも津波からも免れた平和な暮らしに追い討ちをかけた。地震や津波だけなら自然災害と諦念を持つこともできようが、どう考えても為政者たちの利権の営為と無責任な原子力政策の帰結でしかない。言われもなく生活基盤を追われた人たちの無念さに思いを馳せたとき、二度と犯してはならない蹉跌と肝に銘ずべきだろう。
マニフェストを裏切り続ける政府、あれだけの事故を起こしても安全と偽る原子力安全委員会、自殺者を出してもほお被りする教育関係者。今や日本全体が倫理と権益が倒錯している中、経済効率と安全性は今一度問い直されなければならないように思う。
日本は火山国であり、地震国であり、台風の国だ。次は南海トラフが危ないという。富士山も噴火の予兆が見られるとか。あちこちで集中豪雨や竜巻も起きている。去年は東北で、今年は九州で何十年に一度の大洪水だ。首都直下型大地震の確率は今後30年以内に70%だそうな。
とにかく日本は災害大国であることを忘れてはなるまい。その上での日々の国造りをすべきである。もはや百年に一度だからとか、想定外は通用しない。十分想定すべきときに来ている。
経済とは人を幸せにするための営みのはずだ。
そして、仕事は「次の……」への責任である。