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採用

更新 2016.06.03(作成 2012.05.15)

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第6章 正気堂々 45. 採用

中計の2年目に入った。樋口がかねてから言っていた自動販売機に関する事業部門を独立させることになった。
本社建屋の収容人数の限界は設計上160人、理想は150人だろうか。本社が移転するとき樋口は、「この建物以上に本社社員を増やしてはならない」と厳命していた。しかし、仕事が複雑になり内部管理も高度になったことや、歪な人員構成の是正で若い社員を定期的に採用したことなどで今や本社人員は170人にまで膨らんでいた。各フロアーとも机がひしめき合い窮屈な仕事ぶりを強いられていた。要員数が増えているのは本社だけでなく全社的傾向だった。業績回復に伴い社員もそうだが主に臨時員や嘱託社員が増え、今や本体事業の総員数は1500名近くに膨らんでいた。
そもそも採用について、かって樋口は「定期的に新入社員を採用しないと人材の断層ができて事業の継承に影響が出る。採用は目先の利益にとらわれてはならない」と口を酸っぱくし、それ以来定期的に一定人数を採用することになった。理想的組織構成はトップを頂点にピラミッド型であるが、無計画に採用し採用後も手を加えなければ自然減以外はほぼそのまま定年までいってしまう。
年齢的断層をなくそうとすれば、20才から60才までの寸胴型が合理的形になる。その構成の中から幹部、役員の役割に付くものがいる。つまり年齢構成と役割構成は別だということである。

イメージ図1

白くはみ出した人たちが、いずれ組織の負担になるということだ。
官僚ならば天下りで構成員に負荷を掛けずに矯正するところだろうが、民間は自らの身を切る形でしか修正できない。
中国食品の人員構成は高度成長期に採用したいわゆる団塊の世代と、経営不振のときに絞り込んだ採用組と、その後の回復期に採用した第2世代とで見事に瓢箪型を構成している。

イメージ図2

樋口に指摘されたとき、平田は川岸から「採用のあり方について考えてくれ」と頼まれ、モデル採用数を起案したことがある。その内容は、新規事業や多角化で新たな事業を起こす場合は別にして、現行の基幹事業のままの中国食品の理想の社員構成を1300人と設定する。近年若干オーバーしているが、それは樋口が会社を建て直し売上高経常利益率が10%となったときからほぼ安定的に推移してきた人数であり、経験則的にそれを基準にした。それはほぼ会社のコンセンサスであり、それについての異論は一切出なかった。その中で本社人員は、直間比率として総人員の1割、150名以内とした。社員でなく総員としたのは、臨時や期間員でもマネジメントは同じだからである。
売り上げの伸びに必要な労動力は、合理化や生産性の伸びでカバーし、人員は増やさない。つまり生産性の伸びの中で賃金と人員の増を吸収する。それは定昇や退職金で労務コストが上昇する以上、生産性を向上させないかぎり行き詰まるからである。極端に売り上げが伸びたときは人件費率や労働分配率等の指数内で臨時員や期間社員で補完していく。
1300人の社員が60才まで40年間在籍するとして1世代の人員は33人おればいいことになる。それに、40年の間の減損率と役員への登用数を加味して基準採用数を提案した。
社員構成の1.5割が幹部とすると、その候補生として採用数の1.5割を大卒採用とした。当然全員が幹部になれるわけがないから、高卒や短大卒の優秀な者がその穴を埋める。
もちろんこれらは一つの考え方であり、実際の昇進昇格の異動時には学歴に関係なく有資格者の中から最適任者を選抜することになる。
役員への登用は役員の半数をプロパー役員とし、54才から10年間でワンローテ終わると計算すると、毎年1名必用で結構早かった。減損した最後の残余の1名の影響は結構重い。
これをベースに歪みをどう修正していくかや、新規事業や関係会社への幹部社員の送り込みを加味して毎年の人員計画に織り込んでいった。採用業務はリクルーターも兼ねて若い社員が担当することになったが、採用計画の立案は今もこの手法が考え方のベースとなっている。
これまで中途採用は臨時員という位置付けでしかなかったが、くびれの部分の補正に、臨時員の中から優秀な者を社員へ登用する道もつけた。成績優秀、勤務態度良好、上司の推薦、簡単なペーパーテスト、適性検査などの採用基準を設け、毎年定期的に実施することにした。人事評価も一般職と同じように実施するようにした。
こうした会社の施策の後、どうせ腰掛的就職とどこか崩れた態度が見え隠れしていた多くの臨時員たちの勤務態度に変化が現れた。もしかしたら正社員になれるかもしれない、自分たちも正社員と同じように評価が受けられると……。
会社と社員の関係は所詮人間同士なんだということがよくわかる。いつ切られるかもしれない不安の中に身を置かされて本気で仕事に向き合う気にはなれまい。1人でも2人でも正社員へ登用することでお互いに本気で向き合わせることになった。

採用は内定を出せばほぼ100%達成する。ところが出口のほうがなかなか進まない。特に団塊の世代になると年齢的再就職難から自然退職も滅多に発生せず、なんらかのバイアスをかけないかぎり修正は働かない。こうして次第、人数が膨れていったのだ。
こうした現状が明らかになると心ない役員から、成績の悪い管理職は首にしろと理不尽な要求が不用意に飛び出してきた。高度成長を支えてきたのは彼らだし、管理職に取り立てたのも自分たちだということをすっかり忘れている。それによって会社へのロイヤリティを強要してきた責任は会社にもあるだろう。
なぜ退職の圧力をかける必要があるのか。彼らが居て何が悪いのか。そしてそれを解決する方策はないのか。そんな議論など全くなしに安易に目先のコストカットと組織の新陳代謝を優先しようとする。
組合経験者の平田は労働条件の中で雇用の約束だけは絶対守らなければならない最後の信頼の砦だと思っている。会社が幾つかの道を用意し、社員が自らの意思で選択できるのならばいいが、会社存亡の危機でもない限り、肩を叩いたり圧力を掛けるのは絶対許されるべきではない。社員と家族にとっては死活問題だ。そんな犠牲の上に会社が繁栄してもけしていい会社にはなるまい。人数と仕事量のアンバランスならワークシェアし、収益と人件費コストのアンバランスなら賃金シェアし、賃金と能力のアンバランスなら降格、降級すればいいではないか。必ず方策はある。現に家業を継ぎたいとか機会があれば独立したいとか、ニーズはいくつか聞こえている。
こんな役員の理不尽な要求は利益優先の牽強付会に思えてしょうがない。
こんな要求を聞きながら平田は、
“彼等がこれほど非難の対象にされるのは働きと処遇とのアンバランス故だろう。それを作ってきたのは役員に他ならないのだが、仕組み自体も一方通行だ。ならばそれを解消する制度を実現すればどうなのだ。そもそも役職とはトライアンドリセットのキャンセル方式のはずだ。所詮世の中は実力のヒエラルキーで、全員が幹部になれるわけではない。なのにこれまで処遇だけを大盤振る舞いし、都合が悪くなれば切ってしまえとはあまりにも手前勝手ではないか。ならば、雇用維持ができる制度を実現したら本気で彼らと向き合ってくれますか。彼らとの信頼関係とコスト優先とどちらを選びますか。それでも本気で首を切れるのですか”
そんな凄みを会社に迫ってみたい。そんな衝動にかられた。

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