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メモリアル休暇制度

更新 2012.03.05(作成 2012.03.05)

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第6章 正気堂々 38. メモリアル休暇制度

電算システムの更新は、テーマが総労働時間の短縮へと変化してきた時短委員会の活動にも新たな広がりを見せた。
残業や休出以外で総労働時間の短縮を図ることは、年間変形労働時間制を採用し、週40時間も週休2日も達成している会社にとってはかなりハードルの高い課題だ。これ以上企業カレンダーの勤務日数や所定労働時間を切ることは競争上無理である。しかも市場では365日、24時間配送を要求してくるディーラーもある。
そんな中で総労働時間を短縮するには、有給休暇の取得をいかに伸ばすかしか道はない。
まだ一般的でなかったが、誰からともなく「メモリアル休暇制度の導入を研究したらどうか」という意見が上がった。労働雑誌か何かに載っていた事例を引き合いにしたのだろう。
本人の誕生日と結婚記念日に有給休暇をほぼ強制的に付与しようというものである。
「そんな押し付け的な取得は、社員は喜びませんよ。有休は自分のものという意識を強く持っていますから、使いたいときに大事に使いたいと思っています。そんな押し付けで使わされたら使いたいときに使いにくいじゃないですか」
この考え方は、多くの社員がごく普通に持っている正直な心情だろう。
「ならばどうすればいい」
「アプローチの仕方を変えたらどうでしょうか。有休消化という視点ではなく、社員の一人ひとりの人生の節目であるメモリアルデーを会社も喜んでいます。これを節目に一層の飛躍を期待しますという会社の願いを伝えるのです。例えばその日に電報とか花束を届けるとか、本当に祝う姿勢です。そうすれば年に一度や二度、自分の記念日に有休を使うことぐらい受け入れるのではないでしょうか」
「花束とかになるとかなりコストがかさむし、それに全社員が街中に住んでいるわけじゃないからな。宅配便なんか使ったとしても運用が難しいよ」
「電報なら全国津々浦々までインフラが整っています」
そんな運用が可能か、人事部に検討するよう押し付けられた。
しかし、人事部メンバーは二の足を踏んだ。1300名社員の誕生日と結婚記念日を記憶し、有休を取らせ都度電報を打つなど、そんな面倒なことは専属でも置かないかぎりできっこない。また仕事が増える、そんな心配が支配した。あるいは、事業所の事務方にオペレーションを押し付けることをイメージした。これも絶対猛反発が来る。
しかし、まだバッチ処理の人事システムだったが、実務を担当している若い女性社員にはできるという確信があった。
「月末処理の中に翌月の誕生日と結婚記念日の対象者を事業所ごとに氏名と住所を電算からリストUPしてもらうんです。所属長に予定者として送付し事前に1カ月の取得予定を計画してもらうんです。掲示板に張るとかして確実な有休取得をミーティングで話してもらったらどうですか。当日が無理でも前後1週間以内に確実に取ってもらう。それに有休ですから届けは出ます。実施状況は確実に把握できます」
「NTTにも同じリストを渡し、1カ月分の電報の予約をする。彼らは売り上げだからやってくれますよ」
彼女たちは日ごろの実務経験の中からどうすれば可能か読めていた。実務を知らない管理職だけが躊躇する。
実務の何たるかを知る彼女たちの発案は、丸山を動かすに十分な力を持っていた。
丸山はためらうことなく役員会を通した。
これには思わぬ副産物がついてきた。家庭の奥さんたちが旦那さんの株を上げたのだ。会社から結婚記念日や旦那さんの誕生日に祝電が届くことで、「うちの旦那でも会社で大事にされているんだ。結構頑張っているのかな」と、それまでボロ雑巾のようにこき使われていると思い込んでいたのを、少し見直した。そのせいかそれとも偶然か、離婚シンドロームが沈静化した。
それから数カ月が経ち、確実に有給休暇の消化は1.5日分進み総労働時間も短縮されたが、1日の労働時間は相変わらず遅くどうしてもお仕着せの域から脱却できない。会社や本社がなんとかしてくれるものだという他人任せの依存体質が抜けきらないのだ。
「人事のお仕着せ時短ではなく、やはり日々の活動の改善の中にこそ本来の姿があると思うんだよな。なにかいい方法はないか」
時短に関するミーティングは、もう何度となく行われている。丸山は、今日も人事部の主なスタッフを集めてミーティングをした。
「今私たちが事業所に啓蒙している手法や段取りを、人に頼るのではなく会社のシステムとして確立するべきではないでしょうか」
「どういうことだ」
「トップセールスマンの段取りを会社の仕組みとして業務プロセスの中に組み込むのです。今度の電算システムなら可能です」
そのアイデアはこうだった。
 1.ディーラーの規模ごとに訪問頻度を分類し、訪問日をスケジューリングする。
 2.販売特性からディーラーごとの戦略商品や重点商品を決める。
 3.今日の訪問順番ごとに商品を積み込む。
しかし、ここまで来るとそれは人事部の仕事ではない。それは営業の業務プロセスの問題だ。
ところが営業が動かない。電算との相性もあるが営業は人という視点でものを考える傾向にあるからシステマティック、ロジスティックな発想がなかなか浮かばない。この辺は理工系が得意だ。銀行や証券といったいわば文系産業といわれる企業にも多くの理工系社員が採用されているのも、こうした多様な才能が企業には必要だからである。
丸山は堀越に進言した。堀越とは営業の先輩後輩で気が合い、よく可愛がられた。飲みにもよく行った。
「私もそう考えていたところだ。うちのスタッフから誰か言ってくればそれに任せようと思っていたのだが、誰も言ってこん。情けないよ。電算には関わりたがらん」
「常務が直接指示されたほうがいいのではないですか」
「うん、そうだな」
堀越は彫りの深い顔の眉間に皺を刻み、憂鬱そうな目を丸山に投げた。

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