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腑に落ちる

更新 2011.12.15(作成 2011.12.15)

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第6章 正気堂々 30. 腑に落ちる

「ところでその平田のアイデアだけど、どう思う。人事のやり方にまでメスを入れようとしとるんだよ」
「人事はポストと切り離して考えることはできませんが、ポストは独立してあるべきで人事の従属になっては組織がおかしくなります。人事がポストに連動するのが本来の在り方です。平田さんはその辺のことを言ってるんだと思います。しかもその人事を役員の勢力争いの具として個別部門長の専権事項になっているフシがあります。年功恩賞として人にポストが付いて回っている。これは絶対改めなければなりません。そんなことをしていては社員のモチベーションは上がりません。そこを平田さんは変えたいんです」
「しかし、それが現実的人事行政じゃないのか。人事部が独断で人事を専横するわけにいかんだろう」
「専横を目指すのではなく、公平と機会平等を目指します。狭い世界の部門長の好み人事ではなく、全社的視点から見た公平な人事であるべきではないでしょうか。現実に部門間の給与格差はあるようですし、一部門に偏ったポストインフレみたいなこともあるように伺っています」
「うん、そういうことはなくさなきゃいかんな」
丸山は藤井に説き伏せられると、納得せざるを得ない。そこは人事に対する造詣の違いだ。しかし、丸山には現場で身をもって体験してきた生身の人間との葛藤の積み重ねがあり、理屈ではない人への心情がある。
「しかし、ポストと人事は一体のものじゃないのか。はい、ポストがなくなりましたから貴方は首です、って訳にはいかんだろう」
「そのとおりです。ポストには必ず人がついていますし、人には処遇するポストがいります。ただそのポストのありようの問題です。必ず部長や課長としなくてもいいのではないでしょうか。その辺は議論の価値はあるように思います。それに、ポストは空席や兼任もあるじゃないですか。ポストが先行する証しです」
「なるほどのう」
丸山は一枚一枚目から鱗が剥がされていくようだった。
「それに、欧米ではポストがなくなれば雇用そのものがキャンセルされます。日本では雇用は守られていますからできませんが、考え方として社内労働市場的な仕組みはあってもいいかなと思っています。ただ、これまではそうした考えを意識した制度は見たことはありません」
「社内労働市場?」丸山は、なんとか藤井の考えに付いていこうと食い下がった。
「社内に、資格や職位、あるいは実力ごとに人材をプールするところがあって、あるポストに空きができたらそこから一番相応しい人を任命するのです。今は、この人を処遇するところがないからこういうポストを作ろう、ってなっているのじゃないでしょうか。ポストがなければプールポジションで一休みして、次の出番を待つ。その間はポスト料はないけども一定の収入は保証してやる。私もまだ詳しくはわかりませんが、そんなメカニズムがつくれないかと平田さんは考えておられるようです」
「それは大事なことか」
「はい。形はどうあれ、考え方としては大事な人事の基幹的ポリシーです。私は大変面白い考え方だと思っています」
「しかし、そんなことで皆のやる気が起きるのかのう」
「起きる人と失くす人と両方でしょう。年寄りに刺激を与え、若い人に可能性を与える。その競争が組織を活性化すると思います。競争に敗れた人はヤル気を失くすでしょうが、もともと本気でヤル気がないから競争に敗れるとも考えられます。そんな方がいつまでも上にいていいんでしょうか。今回、中計の策定にズーッと関わらせてもらってきましたが自分の考えや理想を積極的に発言し、会議をリードしてきたのはほとんど若手とか中堅といわれる人たちです。年配者はほとんど発言がありません。特に管理職はだめです。近視眼的な政策は出てくるのですが日常の瑣末な事象ばかりに拘り、大局的に物事を捉え切れません。だからこそ改革が必要なんです。そう思われませんか」
藤井は逆説的に質問を投げ返して、丸山の決断を促した。
丸山の決意の揺れは、問題の本質を正確に把握できないところに不安が生じるからで、藤井の話で何が大事で、何が問題で、人事はどこに進むのか、少しずつだが理解が進んできた。
「やっぱり、そうか。よくわかりました。いろいろあるでしょうが、よろしくお願いします」
最後には、丁寧な言葉使いで頭を下げ、師としての礼節を表しケジメをつけた。
こうして藤井との懇談は、結局は丸山の背中をさらに押す形となり、人事制度改革に本気で向き合う覚悟を決めさせて終わった。

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