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順序

更新 2011.10.14(作成 2011.10.14)

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第6章 正気堂々 24. 順序

丸山は各課ごとに下の者から話を聞くことにした。
下の者から始めるのがいいか、上の者から始めるのがいいか、セオリーとしてどちらが正しいやり方かわからないが、自分の感性を信じるなら下の者からだ。下の者の意見を収集しておけば、管理職層は何を言われたかわからないから迂闊なことが言えない。この心理的圧力は、新参者と侮られないための自分の有力な武器で、丸山独特のマネジメントスタイルの一つだ。
どうじゃこうじゃ言うても管理職ともなると格好をつけ、大言壮語したくなるものである。しかしそれは、ほとんどの場合地に足の付いていないその場しのぎの思いつきのことが多く、現場の実情を熟知し、練りに練り、考えに考え、本当に心の中で信念にまで温められたプランではないことが多い。その見極めのためでもある。
どの課から始めるか。丸山にとってこれも悩ましいことだった。ある意味、自分がどの課を重要視しているかのバロメーターになるからである。場合によっては不満が出る可能性もある。人材開発課が次長になっていることも丸山の悩みを増幅させている一因だ。下の者から始めた順位からすると次長である人材開発課は最後になるが、業務の軽重から考えるとどうしても人事課が最後になる。会社の方針は人材開発に力を入れていきますよ、次長に格上げもしましたよ、となってはいるがそれはここ数年のテーマ的重要度であり、本質的なそれとは違う。人事、労務とはやや距離のある自分だったがそれくらいはわかる。人事行政としてはやはり人事課が要である。
丸山は一番重要な人事課を最後にしたかった。他の課からすると不満もあろうが、それはしょうがないことだ。仕事の性格や会社の方針によって常にありうる話だ。
丸山は厚生課を切り出しに、人材開発課、人事課の順で行った。
人によく気を使う丸山は、そんなあれこれを悩みながらも自分のスタイルを通した。
「私はこんな仕事を担当しています。こんな改善をすることが課題と思います」
厚生課のメンバーはほとんどがルーチン業務と考えている者が多く、今こそ政策の戦略的見直しが必要なときであることに気付いているものはいなかった。
人材開発課も同じだった。
「中計を達成するためには営業力が足りません。製造本部からは問題解決力の研修を言われています」
目先の課題ばかりがクローズアップされてくる。“そんなことは各自でやってくれればいい。今、部長と話すことか”丸山はそう叫びたかった。
「人事部や会社としての課題はなにかな」
丸山は突っ込んでみる。
「そうですね。やはり中計を達成するための人材開発でしょう」
「どのように開発するのかね」
「各部にニーズサーベイしまして、足りないスキルを開発します」
今までやってきたやり方の踏襲に過ぎない。10年20年先の会社の将来を担う人材を育成する、そんなビジョンは聞こえてこなかった。
「他には」
「各種制度の見直しでしょうか」
「うん。どのように」
「そうですね。年功的でどれも古いし、整備されていないものもありますので、新しく見直しが必要ではないでしょうか」
「うん。今までなぜやらなかったの」
「いや、それは……」
ここまで来るとどれも言葉に窮してしまう。
丸山には何か満たされないものがあった。それらは、課題として当たらずと言えども遠からずであるが、目先の問題ばかりで本質ではない。本人たちは、「あまり偉そうなことを言うのはチョット」と謙虚のつもりかもしれないが、今はそんなシチュエーションではないはずだ。丸山には、大風呂敷を広げて自分に降りかかってきては大変との防御姿勢に見えてフラストレーションが溜まった。
年功からの脱却もムードとして言ってはみるものの、自分も年功処遇を享受している一人である。本気で脱却していいものか迷いのこもった響きがある。年寄りには今が一番落ち着きがいいのである。
人事課の順番が来た。人事課の業務範囲は広い。社員1300名、パート、アルバイト、契約社員を含めた1500名の勤怠管理。それに基づく給与計算、支給業務、各種保険や税金の徴収と納付業務、といったルーチンから、労働組合との交渉、労働条件の見直し、賞罰の施行といった労務全般や、人事規程の見直し、各種制度の見直し等、およそ人の雇用に関するあらゆることに関わっている。
規程と一言でいっても、就業時間から福利厚生、賃金、退職金、独身寮や社宅規程など幅広い。しかもこれら規程は制度として成り立っているものであり、制度を見直せば規程を変えなければならない。規程を変えれば制度が歪む。さらにはこうした制度や規程にはいろいろな委員会がぶら下がっていることがある。委員会があればその運営規程みたいなものもある。労働条件に関するものは全て交渉が絡む。こうした要素が複雑に絡み合っているのが人事課の業務だ。
藤井が平田との関わりの中で、当初戸惑いがあった要因の一つでもある。制度屋として関わろうとすれば、規程の枠が邪魔することに気が付かない。会社は制度で動いているとは言うものの、規程で縛られているのだ。
“制度はできた。でも会社は動かない。何故だ”人事担当者が陥る陥穽でもある。
人材開発課や厚生課は、こうした面倒に足を踏み入れたくないためにルーチンに特化したがる。
「見直しは交渉ごとが発生するから、労務問題の一環でしょう」と人事課に押し付け、自分たちは運用に専念するのである。
その付けは平田に集中し、平田が制度見直しの専任者としての性格を強めていく要因の一つでもあった。
中国食品の長所であり短所でもあるのだが、人間関係最重視の社内風土は、事なかれ主義に偏り何事も穏便に濁して済まそうとする。交渉やディベートといった人との摩擦や衝突を避け、人間関係に軋轢が生じるリスクを極端に嫌う。そんな土壌は、切磋琢磨の鍛え合う逞しさと力強さを社員に育てない。

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