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電算の切り替え

更新 2016.05.26(作成 2010.12.24)

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第5章 苦闘 67. 電算の切り替え

チェックシートの設計打ち合わせのときのことである。
「これからは人事のいろんな情報をデータ化して蓄積していきたいんよ。例えば、営業の優秀な人材を10人選べとか、マネジメントに長けてる人を3人選べとか言われても、今は人の勘だとかたまたま思いついたり目立ったりした人とかが選ばれているやろう。それをこのチェックシートの項目ごとに打ち込んでおけば、マネジメント項目の上位10名を打ち出すとか、販売達成度の高い順に打ち出すとかできるようになるやろ」

その少し前。今年の人事で川岸は平田を係長に引き上げていた。
「お前はもう、十分最後や」と平田に言っていた係長昇進を果たしたのだ。川岸にとってそれはいとも簡単なことだった。係長・主任制度の見直しをやらせたことで平田の業務構想力や交渉力も全社に認知され、川岸はボタンを押すだけで障害になるものは何もない。稟議書を回すとき、あの浮田さえ口はヘの字に曲がっていたが何も言わずに印鑑を押した。
係長・主任制度は平田が人事に来て初めての大仕事だ。組織の指揮命令系統としてのフォーメーションの整理とポスト設置基準、任用基準などを設定したもので、今回の人事が新基準での初めての運用である。平田は自分でこさえた仕組みに自分の名前をノミネートし、資料をまとめる作業は面映ゆさの伴う複雑な心境だった。
誰をという絞り込みの段階で人事の資料が希薄であることはわかっていた。
「よくこんな裏付けで人事をやったものだ。たまたま人事部長の覚えのめでたい者だけが目立つ人事になるはずだ。今まで何をしていたんだ」過去の担当者が腹立たしかった。
平田は急遽、大手教育機関の職務適性検査を導入することにした。
人事にあるデータは人事考課としてA、Bなどといった最終評価があるだけである。任用基準にある「専門知識や問題解決能力があり指導力に優れる者」という要素で絞り込みができない。
平田は既任用中の管理職、係長・主任と、対応資格以上の者で前年度評価が「B上」以上の次の任用へ基準をクリアしている者をノミネートし、検査を受けてもらった。
個々人の長所短所まで赤裸々になるため、管理職の一部から不満の声があがった。仕組みや基準が変わることへの抵抗だ。考え方や概論としては理解できるが、いざ具体的に自分に矛先が向けられたとき、戸惑いや怖気が付いてしまった。
「なんで俺の性格までお前が分析するんだ」
しかし、平田にしてみれば「その分析が長所を伸ばし、短所を克服する人材育成課題に結びつけることができるではないか。そんなことを言う管理職を選ばずにより適性のある管理職を選ぶためだ。俺がするのではない。会社がこれからの人事運営のために要求していることなのだ。これは第一歩や」という信念があり、そんな声も耳に届いたがガムシャラに突き進ませた。

「しかし、この項目だけで判断するのはちょっと無理があるんと違いますか。付けるほうにもまだ信頼が置けませんから」荻野は疑念を呈した。
「そうやろね。今すぐこれだけで使うということじゃなくて、適性検査もそうだけど追々といろんな情報をデータ化して蓄積していきたいんよ」
「ウーン。もうそういう時代かもしれんね。実は電算の容量があまりないもんですからね」荻野はそう言って少し間を置いた。
「人事が一番データ量が多いんですよ。保険とか税金とか個人ごとに凄いデータ量なんですよ。職能資格給に移っただけで基本給項目が10倍くらい増えてますからね」
「そんなに増えるんかね」
「そりゃそうですよ。基本給1本から年令給、資格給、習熟給、調整給と項目だけで4倍です。それにそれぞれの賃金表、昇給の仕組みやら、なんじゃかんじゃでそれくらいなるんですよ」
「なるほどねー。だけどデータ量が多いのは営業とか経理とかじゃないの」
「経理が一番多いけど伝票の数以上にはなりません。後は仕訳と分類だけです。営業は電算化が遅れていてデータ量は少ないんですよ。営業も販売数だけじゃなくて、ディーラーごとの品種別販売数や日にち、月、季節単位の販売数くらい見るようにするべきなんですがね」
「なるほどねー。なんでやらないの」
「課長、次長クラスが電算に疎いからですよ。誰もやる気がないんです。彼らは今でも電算に馴染もうとしないんです。電算化は業務フローの再構築でしょう。その業務の全体構造を考えきれないんです。何か目の前の必要事項を電算室が出してくれたらそれでいい。答えさえ出れば勘や手作業でもいい。それを出すのが電算室だと思っているんですよ。情報化とかスピード化なんかとても考えていません。前は河原さんという適任者がいたんですが辞めましたからね」
河原がいなくなったことで営業の業務構想力、設計力は極端に沈下していた。最も市場(情報)に近しくなくてはいけない部署でありながら、若手がその役を担えるほど成長するまでしばらくの期間、情報化への取り組みが遅れた。
電算のシステム作りほど、担当者の思いやセンスが試されるものはない。
各部署のシステムは、仕事そのものでありその部署が責任を持って設計しなくてはならないものだ。電算室が主体的に作るのはそれを可能にするインフラ部分である。荻野たちも今、樋口の電算化推進の意思を受け容量の拡充や処理スピードのUPを狙って最新機へ転換の作業を進めている最中だった。電算室にはいつもメーカーのSEやプログラマーたちが溢れ、戦場のようにごった返していた。
荻野は、その合間を縫って平田の評価制度の設計を受けてくれた。

電算の性能が飛躍的に向上したのがこのころである。各部署のパソコンも端末と呼ばれて電算本体やサーバーと直接繋がり、データ処理能力や加工機能が驚くほど向上した。記憶媒体もそれまでの紙の袋に入ったソノシートのようなものから3.5インチフロッピーディスクに代わり扱いやすくなった。その後MOが登場し、今やUSBメモリとかSDカードだ。記憶容量の単位もキロバイトからメガバイトとなり、最近ではギガとなっている。
Windowsが普及してきたのもこのころだ。表計算もExcelになりグラフ作成など簡単で綺麗に仕上がり、企画書や提案書の表現が一気にビジュアル化してきた。
ただ、この流れについていけないのが中高年者で、どこの会社もこの層をいかに電算に馴染ませるか悩みの種だった。それでも志のある中高年者は身銭を切ってパソコン教室に通い、自らのスキルを磨いていった。企業側も管理職を対象に盛んに研修をしたり管理職の評価項目にパソコン技能の習得を入れたりと、急激に進化する電算システムの高度化に追いつかせることに心血を注いだ。

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