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賞与資料の意味

更新 2016.05.24(作成 2009.09.15)

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第5章 苦闘 21. 賞与資料の意味

予算の編成を何とか乗り切り、やっと本来のテーマである人事制度の研究に取り掛かろうとした矢先である。
「ヒーさん」川岸が手招きした。
「もうじき賞与の交渉が始まる。その資料の準備をしといてくれ」
川岸は平田が初めてなので恐らく準備に戸惑うであろうことを考えて早めにオーダーしたのだ。
「はい、わかりました」平田はそう返事したものの、何をどう準備したらいいのか皆目見当がつかない。
早速、西山が残した去年までのファイルを開いてみた。
「人数×平均基準内賃金×月数」これを組合員、管理職、従業員兼務役員と計算され、その合計が表示されていた。人数は支給日の予測在籍人数であり、月数が交渉で決まる変数だ。シュミレーションでは、ある月数を中心に0.3カ月ずつ左右に展開してあり、次のファイルはさらに0.1カ月ずつの開きに絞り込んで展開してあった。
“なるほど。原資計算がいるのだな”これは対会社との交渉に要ることがわかる。しかし、よくよく調べていくとさらに0.1カ月が計算式の中に隠されて加算されていて、平田にはこれが理解できなかった。数年遡って確認してみると、平田らが組合役員を降りた年から始まっていた。何か胡散臭いものを感じるが、こういう姑息なやり方は平田の最も忌み嫌うところである。平田はなにかあると思ったが、自分の理解の外にあるものには責任も負えないと削除した。
別のファイルでは過去の会社業績と賞与の支給金額や月数が年度ごとの時系列にまとめてあった。
川岸はこれらの資料をもとに今次賞与原資に関する役員会の了解をとり、組合と交渉を続けるのであろう。
平田は、以前より賞与を業績に応じて決定する仕組みが作れないものかと思っていた。いろいろ調べて “ラッカープラン”や“カイザープラン”なる考え方があることもわかった。しかし、どちらも一長一短あり、最終的には各企業で工夫して決めること、と結論付けされている。しかも一定のレンジの中での配分方法であり、極端に業績が変動した場合にはそぐわない。その場合は新たなルール作りや特例的な配分方法を考える必要があった。今の中国食品のように赤字になったり、急激に業績が回復し史上最高の利益を出すような環境では導入しづらい。
いずれにしてもかなりの研究と工夫が必要である。企業の収益を何で捉えるか。賞与との連動性はどの程度か。企業業績がどの程度のレンジ内なら使えるか、など難しい問題が多くある。
今回はまずこの業績資料を業績分析表としてさらに発展させ、深く掘り下げてみることにした。
項目は、賞与支給額、支給月数を最上段に配置し、その下に売上高、販売数量、付加価値額、営業利益、経常利益、利益など、会社の収益力と思われる項目を設定した。
労働関係としては、社員数、平均年齢、平均勤続年数、平均賃金、人件費総額、基準内賃金総額、賞与総額、1人当たり販売数・売上高・付加価値額・営業利益・経常利益・利益など、労働生産性の推移を見るものなどを設定した。
更に、資産回転率や設備生産性なども参考として下段に設けた。
これらの項目を過去10年間遡って展開させ、そして最後の欄に本年度の予算ベースでの数値を設定した。
まとまったものをつぶさに見てみると、過去の会社の状況と労務諸問題に対する会社の対応が手にとるように透けて見えた。業績が拡大するときは社員数も膨らみ、賞与、昇給などの人件費も膨らみ、赤字のときはギリギリまで耐えて、それでもなんとか絞り出した賞与が支給されている。業績の変動=賞与の支給額 ではなく、会社の状況によって社員数や昇給率、臨時員やパートアルバイトの雇用数、ひいては人件費全体のあり方をどう収めるかというような総合的判断が最終的賞与支給に現れているのだろう。賞与の支給額や月数との明確な関連性は見られないが、そこに当事者の究極の決断の様子が描かれていた。
「ヒーさん。ありがとう。こんな資料が欲しかったんよ」川岸はこの資料を大いに喜んだ。
「うん。これでこの交渉は乗り切れる」川岸の顔はもうすでに交渉の行く末を睨み、目を輝かせていた。

今年度の業績は予定収益に対しあまり芳しくない。社員の士気も高く営業施策も間違っていない。しかし、何よりも環境が悪すぎる。前年度を最後にバブルが崩壊したばかりで世情はにわかに先行き不透明感が漂い始めた。38,957円をつけた日経平均株価は一気に20,000円近くまで下落した。混沌とし始めた世情の中で、バブルの宴に酔っていた消費者心理は一変し、高級品やブランド物に志向していた消費行動は実用的で安価な物へと180度シフトした。また、衝動的消費は慎重姿勢に変わり、不要不急品の買い控えが起きた。売り上げが伸びるわけがない。しかも中国食品は前年度に史上最高の40.3億円の経常利益を出したばかりで、中計の初年度である今年の目標はさらに42億円に上積みされている。
ところがそれに届きそうにないのである。回答は厳しいものになった。
しかし、組合側から見たとき予算に届かないとはいえ今年も利益は最高益を更新する勢いである。賞与回答も最高額が欲しかった。
交渉も大詰めを迎えたころである。坂本委員長が怒り出した。交渉は暗礁に乗り上げ、行き詰まった。

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