ナビゲートのロゴ
ナビゲート通信は主な更新情報をお届けするメールマガジンです。ご登録はこちらから。

下記はページ内を移動するためのリンクです。

現在位置

 ホーム > 正気堂々 > 目次INDEX > No.5-2

飛翔

更新 2009.03.05(作成 2009.03.05)

| ←BACK | INDEX | NEXT→ |

第5章 苦闘 2. 飛翔

平成2年度、中国食品は中期経営計画をスタートさせた。中計の数値目標は3年後の最終年度の年間売上高650億円、経常利益は48億円である。今の勢いからすると十分達成可能でむしろ慎重すぎるように思われたが、赤字の痛手がスタッフを用心深くさせ控えめな数値に落ち着かせていた。
それにあわせて各部の戦略が練られている。
営業部門は、販売チャネルごとの施策を強化し売り上げを伸ばす戦略である。そのための組織を改変した。レギュラー販売部、自販機市場部、チェーン店販売部の3部制である。
それぞれの部の戦略が細かく記載されている。
製造部門は生産効率と品質、コスト削減が大テーマとして掲げられ、具体策として工場の更なる編成を検討するとしてある。樋口の意向なのか、かなり老朽化している岡山工場と山口工場が統廃合の対象に挙がっていた。どちらも創業期に建てられたもので生産効率は悪い。しかし、一度に2工場を閉鎖して生産は大丈夫なのか。他工場の能力強化か新工場が必要なのかそれを検討するのであろう。
この辺が製造部のズル賢いところで「検討する」で終わっている。3年間もかかって検討するだけでは済むまいに、と平田には思われた。
そして、このことは思わぬところで波紋を呼んだ。製造に携わる工場の人たちが不安を募らせたのだ。いつまた自分たちの工場が閉鎖されるかわからない。そんな心配をし始めた。そしてとんでもない事件を引き起こす事態になっていった。
本社各部もそれぞれが持っている課題やテーマを設定している。中でも人事部は大変だった。職能資格制度が未だ完成していなかったからだ。能力主義の推進、人事諸制度の整備、優秀な人材の確保などが掲げられている。
中計の目玉は社員研修センターの建設だ。中計の最後の年に研修センターを建設するというものだ。同時に人材育成計画の策定が挙げられている。規模や内容はまだ未定のため、実感としてイメージはわかないが社員はかすかな希望を持った。
樋口は「飛翔」と年頭訓示し、例によって全事業所に色紙を配って中期経営計画をスタートさせた。
しかし、皮肉なことに日本経済は前年末に日経平均38,915円の史上最高値をつけてバブルがはじけ、年明けとともに株価は急転直下の下落を始め、失われた10年が始まった。

中計は初年度から波乱の幕開けとなった。バブル崩壊で経済は混沌としはじめ、世相に不安が広がっていった。
中国食品でも、中計で工場再編が課題として挙がったことで工場の現場の社員たちを中心に動揺が走った。山陰工場のようにいつ工場閉鎖に追い込まれ職を失うかもしれないという不安と、山陰工場の閉鎖では誰も責任を取らなかったではないかという製造部への不信が再燃したのだ。もともと工場の人の心には山陰工場閉鎖の責任問題に決着をつけきれておらず、不信感が燻り続けていた。そこに工場再編が浮上したため不満と不安に火が付いた。本社や営業と違って製造現場では未だ過去の清算ができていなかったのだ。営業マンの復活とは逆に工場の人たちの厭戦気分は深まっていった。
こうした心の動揺は仕事ぶりに如実に表れる。動きは緩慢になり注意力は散漫し、態度に落ち着きを失った。こういう動揺は末端の一番弱い立場の者たちに端的に表れる。それだけに仕事への影響は顕著だ。管理監督職は結局選ばれた人間であり、エリート意識で「俺は大丈夫」と思い込んでいる。末端はそれがまた気に障る。
さまざまなトラブルや小さな事故があちこちの工場で起こりはじめた。
熱意と責任感がなくなった製造ラインはまともに動かなくなった。手抜きのメンテナンスで機械は故障がちとなり、運転中のチョットしたアクシデントでラインが止まり運転率は悪化、不良品が続発した。
そんな折、山口工場で人身事故が発生した。オペレーターが小さなライントラブルを機械を止めないまま解決しようとして動いているラインに手を突っ込み、人差し指を機械に挟まれ切断してしまった。もちろんマニュアルには確実に機械を止めて解決するとある。しかし、精神活動が低下しているときはちょっとした動作も体がおっくうがる。大したことないだろうとそのまま対処したものだ。
極めつけは山本がいる福山工場だ。リフトと人がぶつかり足を骨折した。死亡事故に繋がらなかったのが何よりの幸いだった。
さらに集中力のなくなった監視業務は品質スペックを見誤り、大量の規格外商品を造り出した。社内販売や廃棄で対処したが大損失を出した。
福山工場はもともと山本の労務管理に反発する者が多く、工場運営はうまくいっていなかった。山本の自己中心的な考えに職人気質の純真な製造マンたちは反感と不信感を募らせていた。何か指示を出しても「どうせ自分の点数稼ぎのためだろ」と指示は徹底しないし、現場と管理職との間で小さないざこざがしょっちゅう起きていた。
本来なら、こういう人心不安定なときこそ現場トップの人間性が問われるときだ。部下たちの不安や不信を包み込む大らかさと、心の動揺を受け止めるどっしりとした落ち着きが部下たちに安心感をもたらすものだが、山本にそんな器量はなかった。
中国食品のような若い会社では感情の起伏がストレートに表れる。ある程度の人生経験から生まれた自らをなだめるような知恵がまだない。こういうときの工場長にはそうした豪放磊落な人柄が向いているものだ。
そうした中ついに異物混入という大失態が発生した。機械のパッキングが老朽化し脆くなって製品の中に混入したのだ。しかもその製品が市場に出回った後に発見されるという最悪の事態となったのだ。全品回収し廃棄処分された。パッキングなどは使用頻度や稼動時間で交換すべき基準がマニュアルに記されている。故意か無意識か、緊張のなくなった現場で見落としたのだ。

「正気堂々」についてご意見をお聞かせください

▲このページの先頭へ

お問い合わせ・ご連絡先
Copyright © 1999 - Navigate, Inc. All Rights Reserved.