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窮余の策

更新 2016.04.26(作成 2007.03.23)

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第3章 動く 17.窮余の策

しばらくして、木村が、
「ちょっといいですか」と沈黙を破った。
「まあ、いろいろ考えたんですが、私は支部のみんなにどう説明できるかという観点から考えましたが、今の段階では何もないんですよ。三六はやってみたものの固定部分がやっと戻っただけ。経営の正常化も、会社は取り組むとはいうものの具体策は見えません。ここで終わったら会社に言いくるめられただけと思われます。もう一押しするべきです」
それに呼応するかのように長瀬も同じようなことを言った。
「私もそう思います。時限ストをやりましょう」
こういうときは誰かが口火を切るとそれに流される。言い出しっぺは大事なのだ。
「しかし、時限ストとなると組合も痛みを伴いますよ」吉田が、認識を確認した。
「仕方ないじゃないですか。それくらい覚悟してやらないと前に進みませんよ」崎山が、強く主張した。
「泥沼に入るかもしれませんが、そのときはどうしますか」作田が返した。
「どこかの時点で判断せななりませんが、そのときは負けです。責任を取って辞めるしかないでしょう」長瀬が、長老らしく筋道を示した。
そんな論議が遅くまで繰り返され、結局時限ストを通告することになった。
その日の速報は、センセーショナルに書かれた。

時限スト通告を決定

これまでの粘り強い交渉で、やっと固定部分は戻ったが清算部分に対しては未だ0である。例年にない多数の販売施策を遂行してきた組合員の努力に対し、会社の誠意ある回答を求め三六拒否に加え、12月17日午後3時から4時までの時限ストを行う旨会社に通告することを決定した。

明日の争議通告と同時刻に支部に届くはずである。
争議通告は翌日すかさず行われた。
しかし、会社のガードも固く膠着したまま週が明け、猶予期限が迫ってきた。双方とも緊張は頂点に達している。
双方言いたいことは言い尽くし、団交の場も押し黙ったまま無言の睨み合いが続くことが多くなった。
「いよいよ明日から時限ストに入ります。専務何とかなりませんか。年末も迫ってこのままでは組合員は正月が越せません」
「会社の立場として、赤字なんだから本当に原資が捻出できないんですよ。私としても、これ以上会社に対して説得する材料がありません」半ば自棄気味につぶやいた
「専務がそんな弱気でどうするんですか。何かいい知恵を考え出してください」吉田は、叱咤激励した。
後藤田はしばらく考えた。いつも背筋をピンと伸ばし、姿勢を崩したことのない後藤田が珍しく腕組みをし、宙を見ている。
社長と確認した虎の子の握手料をここで出すべきか、もう少し粘って出すべきか迷った。もし出して蹴られたら後がない。交渉の最終局面かどうかを判断したのだ。
そして、搾り出すように……。
「それでは、こうしましょう。ただしこれは奥の奥の手で、会社に対しては裏技みたいなものですから、これで妥結してくれることが前提です。もし、この案が飲めないのでしたらこれはなかったことにしてください。それを条件で提案します」
「わかりました。一応聞かせてください」吉田は、姿勢を正した。他の者も後藤田が何を言い出すかと固唾を飲んで見守った。
「今、会社は固定部分を満額戻していますが、これには査定部分が含まれています。この査定部分を2.5カ月の外に出しましょう。固定部分は全員一律に支給し、査定は+αとして会社が持ち出すということでどうでしょう。これなら、私の責任でなんとか会社を説得できます」後藤田にとっては、まさに窮余の策だった。
「原資としてどれくらいですか」
「いつもの年のようにはいきません。1千万弱と考えてください」
吉田は、しばらく考えた。
「それは、最後の決断ですか」
「この後に及んで、後などあるわけないじゃありませんか。これが私の責任のギリギリです」後藤田は、吉田の分別に賭けた。
「わかりました。一旦持ち帰って検討させてください」
「よろしくお願いします」

組合事務所に帰る道すがら、誰も口を開く者はいなかった。“いよいよ決断のときか。支部は納得するだろうか”と緊張と不安でいっぱいだった。
闘争委員会は早速会社回答を審議した。
「もう、あの提案は限界だと思います。これ以上やっても傷口が大きくなるだけで決断の時期じゃないだろうか」
「せっかくここまできて、ストをやらずに引き下がったら支部に対して言い訳ができんよね」
「これ以上の判断は私たちにはわかりません。三役に一任します」
意見はさまざまだ。
「副委員長はどう思われますか」作田が聞いてきた。
「うん。難しい状況にきたね。専務のあの回答はもう限界じゃないやろか。決断のときだと思います」平田が答えた。
「俺もそう思う」豊岡も追随した。
「しかし、時限通告して入らずに終わるわけにはいかんやろ。支部が混乱しますよ」木村だ。
「それもそうだが、状況は通告時と変わってきたと思う。時限ストをやってどれだけ取れるかよ。1千円、2千円のためにストやる価値があるかどうか」長瀬が、分別者らしく諭した。
そんな押し問答を繰り返した後、崎山が言った。
「ここはもう誰も責任取れる局面ではないので、三役に任せたらどうやろか」
「それでいいですか」作田が確認を取って、三役一任が決まった。
「それでは、私たちだけで話をさせてください」吉田が断り、隣の電算室の会議室を借りて4人は移った。
三役の腹は大体決まっている。しかし、このまま終わるのは残念だ。次に繋がる何かが欲しい。
「数字的にどうかと、どのような手段でいくかやね。みんなの考えを聞かせてください」吉田は尋ねた。
「まず、手段が先だと思う。それで数字がどこまで付いてくるかです。ここは数字を追いかけたらいかんと思う」平田は言った。
「どんな方法ですか」
「専務とだけで話しましょう。専務と三役あるいは委員長だけでもいいと思う。筒井部長の策謀が、交渉の混乱を招いたことをあぶり出しましょう。その負い目で専務にもう一声出してもらう、というのはどうですかね」
「ああ、いいね。それしかないやろ」豊岡も同調した。
「わかりました。三役でいきましょう。ただし、筒井部長のことは私に任せてください」吉田は、三役の同意を得てトップ会談に臨むことにした。
「今更、多くを望むべくもないことは皆さんもおわかりだと思います。任された以上、結果がどう出ようとみなさんも覚悟してください」吉田は、闘争委員会にそう言って受話器を取った。
就業時間もあとわずかだ。吉田は多少焦りを感じながら、秘書を通じて後藤田に電話を入れた。
「三役で、余人を交えずに専務と直接お話がしたいと思います。こんな時間ですがご都合はいかがでしょうか」
「いつでも空けてあります。今からお出でください」

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