更新 2016.04.13 (作成 2005.12.22)
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第2章 雌伏のとき 8.異色議長
吉田優作や作田耕平が、熱心に平田を仲間に入れようとする訳があった。
もちろん、2人から相談を受けた豊岡の推挙もあった。
「豊岡さん、製造部門から三役クラスを1人入れんとバランスが取れんのやけど誰かいい人おらんやろか」
「平田しかおらんやろ」
「以前、中央委員会の議長をした人やね。あの人ならよく知っているけど事が事だけに大丈夫だろうか」
「大丈夫よね。あれ以外におらんよ。それにこのメンバーで役割分担したとき、賃金部長をやれる人間がおらんじゃない。それには平田を入れるしかないのと違う。製造部門で本社のことがわかり、副執行委員長ができて賃金部長ができる人間言うたら、平田しかおらんのと違う」
「そうやね。あの人なら真面目だし、キチンとしているから賃金部長にはもってこいやね。だけどやってくれるやろか」
「そりゃあわからんけど、説得せなしょうがないよ」
「それじゃ、豊岡さん口説いてくれるかね」
「いいよ。やるだけやってみよう。まあ、俺が一番仲がいいからね」
平田が予想だにしていなかったことであるが、豊岡たちの構想はすでにでき上がっていた。
4年前、平田が中央委員会の議長を引き受けるときのことである。
現体制で書記長の馬場徹が平田のところへやってきた。
「平田さん、中央委員会の議長をやってくれませんか」
「なんで俺がしなければならんのだ。発言権もなく、『意見はありませんか』『質問をどうぞ』『採決します』それだけのことじゃないか。誰でもいいよ」
中央委員会の議長は中央委員会の構成メンバー(ブロック委員)の中から選ぶことになっている。複数の支部(職場単位)を一定のエリアで大括りにまとめたものをブロックと言い、ブロックの中には1名のブロック部長と2名のブロック委員がおり、各支部と本部とのつなぎ役を担っている。
組合の最高決議機関は大会である。これは会社に例えると株主総会のようなものである。大会で決議されたことは大会でしか変えることはできない。したがって大会では大きな運動方針や収支報告など重要事項が採決され、個々の具体的施策は中央委員会で審議、採決されることになっている。
ブロック役員は、その中央委員会に出席しブロックの代表として意見を開陳し、採決に参加する役割を負っている。
平田は先輩に押し付けられ、本社ブロックの部長として選挙で選ばれた。
ブロック役員の任期は、会社の定期人事異動が1月に行われるのを待って2月に改選され、翌年の1月までである。異動後に補選したりする二重手間を省くためである。会社も組合役員の異動には一応気を使って打診をしてくれるが、やはり会社組織の論理が優先されるのは仕方がない。
「そう言わんと頼みますよ。他におらんのですよ」
「どうしてもやってほしいのか。それなら条件がある。それをのんでくれたらやってもいいよ」
ここでまた平田の意地悪な癖がでた。
「いいですよ。何でも言うことを聞きますよ」安請け合いするのが馬場の欠点である。そのくせ守ったことがない。
「議長にも発言権を持たせてくれ」
「議長が発言権を持つなんて、あまり聞いたことがありませんね」
「嫌ならいいよ」
「まあ、待ってください」馬場は、引き返そうとする平田を慌てて引き止めた。
「でも、何でですか。理由が要りますよ」
「下部組織の意見を反映させるのが民主的組合運営だろう。一応俺もブロックの代表だから、議長といえども下部組合員の意見を反映させたい」
「なるほど、それならいいかもしれませんね。中央委員会の了解を取ってください」
現体制の書記長は平田より1歳年下の馬場徹である。書記長になってまだ1年しか経っておらず経験不足である。
書記長は簡単にOKを出したがこれは大変な問題なのである。それに気づかず簡単にOKを出すこと自体、書記長として資質に欠ける。
もちろん書記長に決定権などない。運営上の段取りや下打ち合わせなど、表舞台を演出するために裏方で調整するのが書記長である。
組合規約に議長の役割がきちんと定義してあり、あくまでも公正、中立の立場で円滑な議事進行をしなければならないはずである。にもかかわらず若い書記長は、議長も発言権を持ってもいいなどと言質を与えてしまったのである。
期が替わった最初の中央委員会の冒頭、
「本日より、期が替わりまして最初の中央委員会になります。委員の方も新たに替わりました。まず、委員の中から議長と書記を選んでいただかなくてはなりません。どなたか議長に立候補される方はいませんか」
書記長が切り出した。しかし、根回しがなくては誰も立たない。
通常では、下打ち合わせのとおりここで平田が「ハイ」と立って拍手をシャンシャンで終わりであるが、平田は立たなかった。
馬場はチョット慌てた様子で一段と大きな声で、
「どなたかいらっしゃいませんか……」と、しきりに平田のほうに目をやり「この前の打ち合わせとおり受けてくださいよ」と訴えている。
平田はそ知らぬ顔で気付かぬふりをした。ここで立ったら自ら立候補したことになりその後の自分流の運営がやりにくくなる。あくまでも推挙によって無理からやるのである、という形が欲しかった。
「それでは執行部のほうから指名推薦の形をとらせていただきますが、ご異議はありませんか」
やや間をおいて、
「平田浩之さん。お願いできませんか」
一呼吸おいて、おもむろに平田が立ち上がった。いかにも今聞いたふうに訝(いぶか)しげな顔付きをしてみせる。
「ご指名は大変光栄ですが、ここにおられる多くの方と同じように私にもブロックの代表として下部意見を中央委員会に反映させなければならない義務があります。お困りのようなので議長は受けても構いませんが、他の中央委員の皆さんと同じように私にも発言権を持たせてほしい。それでなければ受けるわけにはいかない。そのことを他の皆さんに諮ってください」
球を書記長に投げ返した。