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決断

更新 2016.04.14 (作成 2006.02.24)

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第2章 雌伏のとき 14.決断

「そりゃ、あんたたちの気持ちはわかるよ。会社を変えられるものなら、俺だって変えたいのはやまやまさ。だけどね、どうしても後藤田専務のことが気になるし、この活動がうまくいかんかったら、会社を辞めにゃならんようになるやろ」クーデターと言いかけたが、本人を前にして活動と言い直した。
「子供も小さいし、家を建てたばっかりで気が遠くなるようなローンがまだ残っとるけねー。それに、この前は浮田常務とチャンバラやっとるし、いよいよ製造部におられんがね。俺は嫌だよ」
「ヒーさん、つまらん事を言いますね。俺たちの志は誰にも負けませんよ。この気持ちに一点の曇りもなかったらこの戦いは勝ちますよ。もし、僕たちが負けるような会社なら、このままいってもいずれきっとつぶれるから同じ結果じゃないですか」吉田優作の話は説得力があった。
「それに、家のローンくらいどこの会社に行っても払えますよ。いざというときは手放したっていいじゃないですか。小さな家1軒残すより、子供たちに‘俺は斯(か)く生きてきた’と話せることのほうが、よほど価値があると思いませんか」
“それもそうかもしれない”いちいち納得させられる。
かっての上司である近野常務から言われた「大志をもって仕事をしなければいけない」の言葉が平田の脳裏をかすめる。
しかし、平田も負けられない。
「それじゃちょっと聞きますが、こういう場合普通は常日ごろから腹を割って肝胆相照らす者同士が、同志的結合で旗揚げするのが普通でしょう。それなのに、あんたたちは俺がどんな人間かもよう知らんのに、どうしたらこんな大事な企てに誘えるんですか」
“これなら大丈夫だろう”と、今度は少し自信を持って言った。
「匂いです」吉田が、いとも簡単にあっさりと答えた。
「匂い?」平田は思いがけない答えに面食らった。
「ヒーさんのことは、いつも豊岡さんや河原さんから聞かされとるんですよ」
河原は、以前平田が一緒にやった事務改善プロジェクトのリーダーで、営業部の業務課長である。
「匂いを放っている人というのは、どこにいても風の便りがその匂いを運んできてくれるものなんですよ。輝いている人ちゅうのは、どこにいても匂いが届くんです」
「それは、ただの噂に過ぎんでしょう。本当に、それだけで?」
「十分です。風そのものを信頼していますから……」
“純粋だなぁ。それに大きい。風そのものを受け止めている……”
“この人にはかなわないな”そんな予感がした。
「それに、後藤田専務のことだって、何も悩むことなんかないですよ」
「なんでーね。僕にとっては義理を仇で返すことになるかもしれんのよ。大きな問題ですよ」
「ヒーさんの気持ちもわかるけど、よう考えてみんさい。義理を返すことって、ただお行儀良く平々凡々と働くことやろか。後藤田専務はあれだけの人ですよ。そんなことを望んではおられんと思うよ。義理を返すことって、価値のある生きた仕事をすることと違いますか。安全に生きることだけが人生じゃないと思いますよ」
“ウーン”と唸らされる。“この人は人生の達人かもしれない”平田は思った。
「安全に生きることだけがいいとは俺も思わんよ。だから浮田常務とあれだけのバトルをやったんだから。豊岡さんも知っとるやろ」
吉田の迫力に気おされて、豊岡に救いを求めて話を振った。
「知っとるよね。そんなお前やから頼みよるんよ」逆効果だ。
最後に、吉田優作の決定的一言が平田浩之の心を突き動かした。

「ヒーさん、後藤田専務に大恩があるのは、よーわかります。しかしね、もし後藤田専務が我々の志をわかってくれんような人なら、それでいいじゃないですか。それまでの人ですよ。それならそれで我々は専務を乗り越えていきましょうよ」グサリと突き刺さるとどめの一言である。
平田浩之は言葉がなかった。胸の中に何か熱いものが沸々と込み上げてくる。
“すごい。とにかくすごい。なんという連中なんだろう。達観している”
みんなが大きく輝いて見えた。
3人の刺すような熱い視線が、じっと自分を捕らえて放さない。
まだ言いたいことはたくさんあったがちっぽけなことのように思えた。
3人の心意気に気おされて何も言えず、皆の顔を見返せない。腕組みをし、頭をうな垂れてじっと考え込んだ。
“ここで引き下がったら、自分だけがつまらない人間になってしまうだろう。ここまで言ってもらえれば男冥利に尽きると言うものかもしれない。もし、志半ばで敗れたとしても男の本懐か”そんな考えが、増幅されて浮かんでくる。
“人の役に立ったり、人を助けたり、人のために働くのが男気というものだろう。『義を見てせざるは勇無きなり』か”どこかで聞いた諺が浮かんできた。
平田は常日ごろから、「迷ったらしておけ」を信条としていたが、今回ばかりは簡単に答えが出せなかった。


人には2つの後悔がある。
“なぜしたのか”
あのとき、なぜあんなことをしたのかと人は悔やむ。それは大体悪い結果のことが多い。
そして“なぜしなかったのか”
そのときは何ともないが、後でやっておけばよかったと悔やむのは、大体良いことのようだ。
「このお礼はしておくべきか」「お祝いは3万円か5万円か」
「挨拶状は出しておくべきか、出さなくてもいいか」
「この仕事はやっておくべきか、後でもいいか」
迷ったときはしておいて失敗はない。後で嫌な思いをしなくて済む。
平田もそれを信条としていた。

“俺も自分のことばかりを考えて生きていっていいのだろうか。将来、顧みて恥じない生き方と言えるだろうか”その一点を考えた。
そう考えてついに、
「わかりました。やりましょう」静かな答えだった。
平田の中で、後藤田専務のことだけはまだどこか気がかりであったが、もしわかってくれないようなら土下座してでも謝りに行こうと腹をくくった。

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