更新 2016.04.01 (作成 2005.07.25)
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第1章 転機 18.この人はわかってくれている
「会社全体で、8億の利益が残るとしたら、そのほとんどが営業で出るような価格設定がいいと思うんよ。営業には、雰囲気とか勢いが必要だが、工場は日々数字に追われるわけじゃないし一つの基準になればいいのだから、初めからそれほど利益が出るようにする必要はなかろう。最初から赤字ではおかしいが、1億くらい残るようにしておけばいいと思うがどうかの」
野木が出してきた基本的考え方に、平田は一も二もなく乗った。
「いいですね。そういう考え方好きです。工場で損益計算を出す意味は、主に投資効率が適切か、前年度や今年の予算に対して運営がうまくいっているかどうかを見る一つの基準にするだけですから、それでいいと思います」
平田は製造部の所属だったから利益代表と考えれば製造部に有利に誘導すべきだろうが、会社全体を考えればそんなことは問題にならない。
製造部の利益代表などと、そんなちっぽけな了見は持ち合わせていない。会社全体に活力が出ればいいのである。
営業が気持ち良く売ってくれるほうが、どれだけ会社のためになるか。
これが野木と平田の考え方だった。
しかし、この案に浮田が噛みついた。
「それでは、工場の者はやる気が出なくてもいいのか。半々がいいではないか」
“この人は、自分の都合だけで物事を考えるのだな。会社全体を考えるといった器量はないのだな” 平田は、呆れ果ててしまった。
それでも、「これをベースにどれだけ改善したかという標準値になるだけで、工場運営のベンチマークの指標に過ぎないこと」などを理由になんとか押し通した。
一方、営業部門のトップも、自分のところが有利に働くとでも思ったのか、やはり多いほうがいいと主張していたのである。
これを仕入価格にして営業部門の損益も算出できるようになったが、ただ、営業には平田のような役回りの人材がいなかったから経理が一括で出していた。
このことについても、
「営業部門も営業所別に損益管理をすべきではないですか。個別に見れば営業所だって赤字のところもあると思いますよ。ただ、数造ればいいと言うのじゃなく、今後は効率的な統廃合も視野に入れて管理していくべきだと思います」
平田は野木に営業所別を出すべきだと主張した。
「それはようわかっちょるよ。しかしな、営業ちゅうところはそれこそ勢いとか先行投資とかもあるわけよ。将来、市場が有望と考えれば、他社が出る前に基盤作りのために先行して営業所を造ったりして市場作りをするわけだ。営業がここに要るといったら、反対するわけにはいかんじゃろうが。今はまだそこまでの管理は必要ないと思う。もう少し会社が成熟してからやな。 それに、所別の管理を作る者がおらんわい」
「営業はせんですかね」
「営業は絶対にしない。将来、事業部制とかになればわからんが、今は自分の首を絞めるようなもんじゃからな、絶対にやらんな」
「経理はどうですか」
「所別管理は大変だからな。経理だけでは手が回らんよ」
結局、そのままになった。
コンピューターも未発達のころである。手作業では、数の多い営業所別損益を出すのはやはり無理であったろう。
やる気がなく経理にサボリに行った平田は、今日の第1回目の計算結果と浮田との話の内容を野木にぶちまけた。
「そうか、それはいかんじゃないか。つまらん考えをするのー。会社をつぶす気か」野木も納得がいかないふうで、憤慨している。
「あの人にかかったら、白のものも黒になるな」
「本当にそうですよ。白黒ですよ」
そのころから、2人の間で浮田のことを‘白黒’と呼び合うようになった。
「単価を見直したくらいでは利益は出んじゃろ」
「そう思います」
「山本さんはどう思っとるんかね」
「基本的には僕と同じ考えなんですが、白黒の前に行ったら何にも言わんのですよ。もう少しアシストしてくれてもいいじゃないですか。汚いよ」
「お前も辛いのー」
「そうなんですよ。やっとれんから遊びに来たんですよ」
「そうか。忙しいからあまり相手はできんが、まあコーヒーでも飲んでいけ。俺のそばにおったら打ち合わせに来とるように見えるからいいやろ」
こんな気遣いが嬉しかった。
“この人はわかってくれている” 胸の内で感謝した。