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新人のころの思い出 初月給編(2)果たされなかった約束


[の] 仕事・職場

新人のころ、「初月給で祖母に何か買ってあげたい」そう思ってました。前回「初月給編(1)」の続きです。

祖母は当時82歳。明治の生まれです。引っつめた髪をまげに結い、いつも着物を着てその上に前掛けをしてました。まるで磯野フネのような、典型的なおばあちゃんモードです。(そういえば最近はこうした装いをまったく見かけなくなりました。寂しい限りです)
そしてその祖母のために私が選んだのは、金の指輪でした。
たまたま宝石店の店頭で見かけ、私自身が気に入ったものでした。祖母には若すぎるデザインかもしれないとも思いましたが......。

ところが、意外にもこれが大喜びされました。あんなに喜んだ祖母の顔を、私は初めて見たように思います。もちろん、孫が初月給で買ってくれたということもあるのでしょうけど、「指輪」そのものをとても気に入ってくれたのは確かです。

それまでも、記念日などには何かにつけ祖母にプレゼントしてきました。起毛のベスト、折畳みのつえ、眼鏡ケース、遠赤外線の肌着、夜眠るときに肩が冷えないようにするための肩掛......。
こうした(老人っぽい?)品々と金の指輪とでは、祖母の反応はまったく違っていました。「枯れても女......」という言葉がふとよぎりましたが、もちろん口にはしませんでした。

「きれいだねぇ。いいねぇ。こんなのもらったの初めてだよ。」と、とうれしそうに指にはめてみて、ひとしきり眺めたのち、すぐに箱にしまってしまいます。
そして「おばあちゃんが死んだら、お前にあげるから」と顔を近づけてささやくのです。
「そんなこと言わないで、高価なものじゃないんだから普段してたらいいじゃない?」と言うと、 「もったいない、もったいない」と首を振ります。
指輪を箱の中の定位置に収めたら、包装紙も四角く折り畳み、それをリボンでくくって一緒に保管します。さすがに明治の人です。包装紙も粗末にしません。もちろんしまう場所は茶だんすの中と決まってます。

その後、私が帰省するたびに、
「これこれ、ちゃんと持ってるよ」とうれしそうに箱を出してきて、「きれいだねぇ。いいねぇ。こんなのもらったの初めてだよ」というせりふで始まり、5分もせずにまた箱にしまっては、例の「死んだらあげるから」で締めくくるのです。
こんなことが何度か繰り返されました。

祖母は90歳で逝きました。結局祖母は、あの指輪をトータルで何分間もはめていなかったと思います。
葬儀は盛大でした。子供が7人、孫が13人、兄弟その他親族だけを合わせても、それなりの人数になります。親族への形見分けも、大忙しの中でバタバタとさばかれました。 何が誰の元へいったことやらわかりません。
祖母の約束は結局果たされませんでした。あの思い出の指輪は今どこにあるのでしょう?
誰のものになっていても構わないので、そんな思い出があったことも知ってもらえたらよかったな、とちょっぴり残念です。

私自身忘れかけていた記憶でした。「初月給」という言葉をたぐり寄せた先につながっていた、祖母とのちょっとした思い出話です。

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